株式会社ANA Cargo
成田ウェアハウスオペレーションセンター 貨物サービス部 運送2課
中村 萌笑香さん
みなさんは、飛行機は何を運んでいると思いますか?まず思い浮かぶのは、人や手荷物を運ぶ旅客機ではないでしょうか。
ところが飛行機の中には、「モノ」を専門で運んでいる「貨物専用機」という飛行機があるんです。私たちがスーパーやネットショップで購入する身近なモノはもちろん、車や飛行機の部品などの大型のモノを運んでいるのが貨物専用機です。
今回は、そんな貨物専用機に貨物を詰め込むためのプランを作成する、ロードプランナーという仕事に従事している、株式会社ANA Cargoの中村 萌笑香(なかむら もえか)さんにお話を伺いました。
--- 現在の仕事に進もうと思ったきっかけについて教えてください。
子どもの頃、家族旅行でよく飛行機を利用していたので、それが空の仕事を知った最初のきっかけです。CAさんの対応や、パイロットのかっこいい姿に、幼い頃から憧れていました。
高校時代に海外へ留学したのですが、自分では英語が得意なほうだと思っていたのに、実際は思ったようにしゃべれなかったのがショックで。大学進学を考えたとき、英語も学び直せて、パイロットやCAも目指せる勉強がしたいと思って、アメリカの大学で航空学を学ぶことにしました。
(アメリカの大学仲間の中には、パイロットになって活躍している人もいるそう)
--- 航空学というと、どのような内容なのでしょうか。
航空全般の知識、航空会社のマネジメント、パイロットになるための訓練などがあります。その頃の私はもう、「パイロットになりたい!」という想いが強かったので、現地でパイロットの仕事に就くための資格も取得しました。
ところが、卒業した年がコロナ禍で就職が難しかったんです。新型コロナの影響で航空業界も厳しい状況でしたし、私自身、アメリカでパイロットになるにはアメリカ国籍の取得が必須だったので、日本に帰る選択をしました。
日本でもパイロットになる夢は諦められなかったので、半年ほど専門学校に通って、日本の飛行機のパイロットライセンスを取得しました。それでもやっぱり就職となると厳しく…。仕事が決まるまで、いろんなバイトをして過ごしていました。
その時、今の仕事につながるような経験をしたんです。
--- パイロット志望から、航空貨物の仕事に興味がシフトしたんですね。
当時、私は新型コロナのワクチン接種場でアルバイトをしていたんです。日本がワクチン不足でニュースになっていた時期ですね。私は現場で働きながら、「このワクチンって、どこからどうやって運ばれてきてるんだろう」と、ふと疑問に思ったんです。調べるうちに、「貨物専用機」というキーワードが出てきて。
大学で航空学を学んでいた私ですが、「飛行機は人を運ぶもの」という視点しかなかったんですよね。ところが飛行機は“モノ”も運んでいるんだということを知ったんです。
(貨物専用機は、車や飛行機の部品など、大型の貨物をそのまま運ぶことができる)
思い返せば、日本から送ってもらった荷物が何日も届かず、アメリカで困ったなぁとか、コロナ禍でアメリカのスーパーでもトイレットペーパーの買い占めで品薄になってたなぁとか色々と思い出して。物流が止まるということは、人間の命や生活に大きな影響を与えるんだ。「この仕事、すごく重要なのでは」と思ったんです。
それからですね。航空貨物の仕事に一気に興味が湧いたのは。世の中に必要な“モノ”を運ぶこと、物流を止めないこと。そんな仕事に携わってみたくて、ANA Cargo一本で就職試験を受けて、2022年11月に入社しました。
この業界は専門性が高いイメージがあるかもしれませんが、入社時に特別な資格などは必要ありませんでした。その代わり、入社後は3カ月間の研修で専門知識をしっかり詰め込まれますが(笑)。
同期の中には全く畑の違う業種から転職してきた方もいます。例えば、化粧品系の会社の方や、半導体の会社にいた方など、物流業界のことをそれまで全く知らなかったという方もたくさんいます。そういった点からも、ゼロからスタートしても活躍できる現場かなと思います。
入社後はまず、旅客便での貨物積み付け進捗確認を担当します。次に、ステップアップをして貨物専用機を担当するようになるというのが大体の流れです。貨物専用機というのは、貨物だけを載せている飛行機です。ただ、貨物専用機は、旅客便が日中帯に飛び交うものとは異なり、人の動きが鈍くなる時間帯に動いているものです。そのため仕事の時間もおのずと深夜や早朝となる傾向が強いです。
--- 中村さんのロードプランナーという仕事について教えてください。
私は貨物専用機のロードプランナーという仕事をメインで行っています。
ロードプランナーは、貨物の受託状況や積み付け、進捗状況の管理、そして搭載プランの作成までを行う仕事です。搭載プランの作成というのは、貨物専用機に載せて運ぶ貨物をどのように積み込むのかを“設計する"仕事です。例えば、機体の重心位置などを考えながら、バランスはこう、燃料はこのくらいで、気温を見ながら…という感じでプランを作成します。
旅客機のときは、進捗管理しかできなかったのですが、貨物専用機になると、ロードプランナーが搭載プランまで作ることができるので、私としては今の仕事のほうが面白いですね。
1日の流れは、朝、出社をしてから、その日の昼に飛ぶ貨物専用機の搭載プランを仕上げていく感じです。基本的に、ひとりが1日1機の貨物専用機を飛ばすようなペースです。
とはいえ、貨物専用機の搭載プランは、フライト当日に一気に作るわけではなく、前日の夜のシフトの方が土台となるベースを作ってくれて、それを朝に受け取って、最新の貨物データを反映させて仕上げています。フライト当日になると、「やっぱりこの貨物を優先して乗せて欲しい」といった顧客事情を鑑みた突発的な依頼もあるので。
仕事は基本的にシフト制です。朝のシフトは、5時出社と6時出社の2パターン。終業時間は13時頃ですね。夜のシフトは、15時出社と16時出社があって、夜の0時頃に終わります。月次のシフト表によりますが、最近は朝の勤務が多いので、深夜2時頃には起床してタクシーで会社に向かいます。
(早朝に出社してから、お昼に飛ぶ飛行機のプランを一気に完成させる)
--- どんな時にやりがいを感じますか?
朝、出社してから昼のフライトまでに間に合わせなければいけないので、時間的な焦りを感じる現場ではあります。私はわりと焦りがちなので、「先輩、やばいですー!」と、早めに周りにヘルプを求めることも。でも今年でこの会社に入って2年。少し仕事を楽しめるようになってきました。
例えば、飛行機って、載せる貨物の重さが機体前後で水平になるように積まないとバランスを崩してしまうんですね。バランスが悪いと燃料が余計にかかったり、最悪の場合は事故につながってしまう可能性もあります。だから、上手に詰められた時はやりがいを感じます。このあたりは、パイロットの訓練や勉強で学んだ知識も活きているのではないかと思います。
ほかにも、搭載者の作業のしやすさや効率の良さなど、いろんな視点で搭載プランを作ります。すべてを満たすプランは現実的に難しいですが、完成した時の達成感はひとしおです。
--- 難しい点はどんなところでしょうか。
思い通りには進まない点ですかね。出発したと思っても、飛行機が戻ってきてしまったり、天候で定時に飛べなくなる場合もあります。日々そういったトラブル対応にスタッフ全員がワンチームになって対応しながら、定刻に飛行機を飛ばすことや、貨物を無事に届けるという目標に向かって仕事をしています。
--- 貨物の積みつけプランは、実際どんなふうに進めるのですか?
まず、私たちが受託した貨物には、縦、横、奥行きのサイズや重さなどの数字のデータがあるので、そのデータをもらったら、数字をもとに立体的な貨物をイメージしてプランを作るんです。データ上では数字ですが、実際には立体なので慣れるまでは難しいですね。
また、危険品とされる貨物を近くに配置してはいけない、という規程もあります。例えばリチウムバッテリーと可燃性の貨物は何メートル以上離して搭載する必要があるなど、プランを作る際には細かなルールがあります。
さらに今ですと、SDGsの観点から少ない燃料で効率よく飛ばせるプランかどうかという視点も必要になってきます。当日の気温、天候も考慮しながら時間内に仕上げます。
(データの数字から、立体的な貨物のイメージを描いてプランを作っていく)
プラン作成以外にも、搭載作業の進捗管理、危険物の申告書類を作成してパイロットに渡すといった作業も並行します。さらに隙間時間には、午後の便の割り付けの土台を作成します。集中力が求められる仕事ですね。
--- これまでに失敗談があれば教えてください。
貨物専用機のロードプランナーになりたての頃です。飛行機を1機飛ばすためには、ものすごく多くの会社やスタッフが関わっているんですね。その大きなチームワークの流れの中で、私たち貨物チームがミスをしたことで、出発時刻を遅らせてしまったんです。完全に私の確認ミスが原因でした。独り立ちした初日で、「自分でなんとかしたい、自分がやらなきゃ」と張り切りすぎちゃってたんですね。
ところが、先輩たちは怒るどころか、すごく優しくフォローしてくださって、「安全を優先するうえでは仕方なかったよ」「同じ間違いを繰り返さなければ大丈夫だよ」、「いい経験になったじゃん!」と。
失敗を次に活かすことの大切さを教えてもらいました。あの日は初めて職場で泣きましたね…。今でも忘れられない思い出です。
(失敗は次の仕事の糧になると先輩たちから教えてもらった)
--- この仕事に向いている人ってどんな人だと思いますか?
チームワークが非常に大切な仕事なので、「ピンチの時に助けを求められる」要素は大切です。この仕事は1つのミスが命取りになりかねないので。
仕事中は、ひとりで仕事をしていると思いがちですが、私たちは大きな仕事の流れのほんの一部でしかない。それがひとつずつつながって、貨物が無事にお客さまのもとへ届けられていきます。私の小さなミスが、結果的に飛行機の大事故につながる可能性も大いにあります。だから自分だけで仕事をしていると思わないこと。
さらに、疑問点があれば「すぐに質問できること」も大切です。大したことないからいいやと思わず、先輩や仲間に質問して解決していく。それがいずれは事故防止にもなりますし、その疑問が今後の仕事の改善につながると思います。
--- 仕事でつらいなと感じることは…?
連休前や年末年始は正直大変です!貨物の予約が一気に増えて、「もうこれ以上積めません!」って叫びたくなるくらいです(笑)。
あとは、積み付け指示書プラン作成はかなり頭を使うので、つい甘いものに手が伸びちゃうことですかね。同期や先輩も同じで、お互いに甘いお菓子を「新商品です!」とか「季節限定が出たので買ってきちゃった」とか言い訳しながら買ってきて、みんなでシェアしています。
--- 先輩や同期との関係も良さそうですね。
はい。すごくいい関係性だと思います。私はもともと焦りやすいタイプなので、フライト時間が迫ってくるとパニックになりがちなんです。ただすぐに先輩に助けを求められるので、そうすると何人も集まってきてくれて、アドバイスをしてくれます。
できないことを責める雰囲気は一切なくて、仕事が前に進むためにどうしたらいいか、力を貸してくれるという感じです。普段から和気あいあいとした雰囲気で、声もかけやすいです。
(「今日は大丈夫?」と気軽に先輩たちが声をかけてくれる、フレンドリーな職場)
--- 後輩を持つ立場になって気づいたことはありますか?
私はまだ貨物便のインストラクター資格がないので、旅客便のトレーニングしかできないのですが、今は後輩の悩みを聞く機会も増えましたね。最近では、後輩の声を参考に、今後の業務フローやチェックリストの改善をしていきたいなという思いがあります。
--- このお仕事の魅力について教えてください。
この仕事は、つくづく縁の下の力持ちだなって感じることが多いんですね。そもそも職場が空港の隅っこのほうにありますし。友達が空港に来た時に連絡をくれたりするんですが「で、どこで働いてるの?」って聞かれるくらい、お客さまからは見えない仕事です。
(貨物の仕事場は滑走路のすみっこ。貨物を通じて人と人をつないでいます)
ただ、私たちが世界中の人の生活を支える“モノ”を運んでいるんだ、という自負はあります。コロナ禍で物流が滞って、生活に影響が出るのを目の当たりにしたので、貨物を無事に運ぶことは、経済を回すことだと思っています。
パイロットやCAのように、お客さまから直接感謝の言葉をもらう場面はあまり多くないですが、業務を通じて、貨物も間接的にお客様とのつながりがあると感じています。ただの自己満足かもしれませんが、人と人を繋げる仕事に喜びを感じます。
--- プライベートとのバランスは取れていますか。
夫は私のことを「生き生きと働いてるね」って言ってくれています。夫は平日の日中が仕事なんですが、私は深夜に出掛けて昼に帰ってくることが多いので、プライベートの時間は合わないことが大半ですが、楽しそうに働いているように見えているようです。
お互いに時間的にはすれ違うこともありますが、それが逆に、お互いにひとりの時間を作るいいきっかけにもなっているのかなと思っています。
--- 今後のキャリアについて教えてください。
大型貨物専用機の担当になるのが目標です。そこで経験を積んだら、いつか会社の物流戦略に携われたらいいなと思っています。現場の声を生かしながら、ANA Cargoならではの強みを発揮できる提案をしていきたいです。
例えば、特殊貨物の輸送をもっと拡大するとか。「ANA Cargoだからこそ運べる」というものを増やしていく。そういう挑戦を続けられたら面白いと思っています。
それから、個人的には「物流に携わる仕事の面白さを、もっと広く伝えていきたい」と考えています。パイロットを目指していた私ですら、貨物の仕事が空の仕事だということを知らなかったので…(苦笑)。
目立たない仕事ですが、やりがいがあって、世の中を支えている大切な仕事。これからもずっとこの仕事を続けていきたいです。
(2024年11月取材)
(文:里見有美、写真:大橋政昭)
(この貨物は私たちANA Cargoが運びました!と言えるものも運びたい)
千葉県在住。ライター・編集者・デザイナー。インタビューやライフスタイル系記事の取材・執筆を中心に行う。2024年よりデザイナーとしても活動。
1964年生まれ。千葉県習志野市在住副業カメラマンからスタートして、2019年に独立。スクールフォト、キッズ・ファミリーフォトを多く手掛ける子供好きカメラマン。その他各種スポーツイベント、プロフィール、ビジネスサイト向け等、幅広く活動中。
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