ANAベースメンテナンステクニクス株式会社
平山 拓弥さん
客室整備士の仕事は、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の五感を駆使して、航空機のシートから飲料用水システムまで、お客さまが航空機で利用する客室を点検・整備する仕事です。
今回は、ANAの客室整備士として、15年間働き続けてきた平山拓弥(ひらやまたくや)さんにお話を伺いました。
客室整備士の現場は、次のフライトまでの短い「便間」で不具合を直すこともあります。そのため、緊張感のある現場だそうですが、その一方で、この仕事は「お客さまに一番近い位置にある仕事」であり、お客さまからの感謝の言葉が、整備士としての誇りややりがいにつながっているといいます。
では早速、「空港の裏方お仕事図鑑」では初登場となる、客室整備士の仕事の裏側に迫りましょう。
--- まずは客室整備士という仕事の概要を教えてください。
客室整備士は、航空機内の客室まわりを整備するのが主な仕事です。お客さまが座られるシートやCAが使うギャレー(厨房設備)、ラバトリー(化粧室・トイレ)などを整備します。客室まわりだけでなく、パイロットが乗るコックピット(操縦席)の整備も担当しています。コックピットにも、椅子や物入れなどがありますので。また、上空で使う飲み水や、トイレの排泄物が流れる管などのシステムの整備も、私たちが担っています。
--- 客室整備士を志したきっかけは何だったのですか。
もともと、私は機械を触ったり整備したりすることが好きで、いずれは何らかの整備職に就きたいという想いがありました。機内の客室を整備する仕事を選んだのは、「お客さまに直接喜ばれるってすごくうれしいな」と思ったからです。
現在は、ANAベースメンテナンステクニクス株式会社の客室整備部に所属しています。2011年4月の入社時は成田空港でしたが、その後、業務が羽田空港に集約していく会社の流れもあり、成田から羽田に異動しました。今年で入社15年目になります。
(お客さまの喜ぶ顔や、感謝の気持ちに触れられる点に魅力を感じたという)
航空機の中でも、エンジンやコックピットとは違って、客室というのはお客さまが実際に過ごされる場所です。ですから、きれいにしたり、しっかり直したりしておくと、とても感謝してもらえるんですよね。そういった感謝の想いや、お客さまからのフィードバックを受けることができる点が、この仕事の魅力だと感じました。
私は、学生時代にファストフード店で接客のアルバイトをしていて、自分が提供したサービスに対してお客さまから感謝されることにとても魅力を感じていたんです。
もともと好きだった機械いじりと、感謝の反応をいただける仕事、どちらも叶える職種がいいなと。それがこの客室整備だったんです。
(ドックではすべてを念入りに点検・整備する)
--- 客室整備士はどのような場所で何を整備するのでしょうか。
客室整備部は「ドック」と「ライン」の二つの作業エリアを持っています。
ドックというのは、格納庫で行われる航空機の大規模な定期整備のこと。機体のエンジンや各部位を念入りに整備するところです。ラインは航空機を空港のターミナルで機体を整備することをいいます。
ドックでは航空機を細かな部分まで点検し整備します。整備内容によってはシートを全部外すこともあります。どこまで外すかは整備の深度によって変わりますが、深い整備になればなるほど大変です。飛行機に積んであるモノをすべて一回外に出して、かなり細かく点検・整備することもあります。
一方、ラインでは、次に飛び立つまでの「便間」の中で航空機の点検や整備を行う作業を行なっています。つまり、飛んでいる間に発生したさまざまな不具合を、次に飛び立つまでの短い時間で修復して、安全に飛ばせるように整備していくわけです。
(シートの点検など、搭乗されるお客さまが利用されるエリアの整備がメイン)
--- 貴社のコーポレートサイトに「五感を使って安全・快適・信頼をカタチにする」とありました。どのように五感を使い分けるのですか。
使い分けるというより、五感をフル稼働させて整備作業を行うという感じです。視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚という五感を使って、不具合を見つけて直していくわけです。
視覚はすべてにおいて重要なので、しっかりこの目で確認をしていきます。
聴覚は「見えないところの不具合」を見つけるのに使います。音で聞き分けて不具合を見つけ出すんです。例えば、シートを動かす途中で何かいつもと違う音がする。そうすると、「この瞬間にこういった音がするということは、何かが当たってるんじゃないか」とピンとくるわけです。そこから「この辺りに不具合があるのかも」といった感じで耳を使いながら原因を探ります。
嗅覚は主に、液体を察知する場面で活用します。客室内で何かが漏れていたとき、それがただの水なのか、特殊な薬剤や、消火剤なのかを、においを頼りに判断するんです。
機体によっては、お酢のような酸っぱいにおいがつけられている消火剤を使うなど、漏れたときに、においでも気づけるような工夫がされています。嗅覚は見た目だけでは判断がつかないシーンでよく活躍しますね。
触覚はその名の通りですが、触って点検することでも違和感をキャッチできるんですよ。よくあるのは、目で見ただけでは何も違いはないけれど、触ってみると「ちょっとチクチクするな」といったように、触らないと気づけないことは多々あります。それがお客さまの怪我につながる可能性もあるので。
味覚は主に飲み水の点検の際に使います。航空機というのは、常に飲み水を積んでいるのですが、その飲み水システムの中は塩素で消毒しています。その消毒用の塩素がきちんと抜けきっているかどうかを私たち整備士が確認しているんです。もちろん薬品でもチェックしますが、実際に私たちが飲んで確認しています。
(ギャレーの設備の確認も念入りに)
--- 整備士という職種の中でも、「お客さまに最も近い整備士」と言われる客室整備士は、顧客体験や航空会社への信頼に直結する部分を支えているかと思います。平山さんが考える、客室整備の重要性について聞かせてください。
客室整備の業務は、私の中ではとても大きく、重要度の高い仕事だと感じています。航空機の第一印象として、機内の状態はお客さまの印象にとても強く残るからです。自分の乗った航空機の機内が、清潔で整えられていたかどうか、逆にそう感じなかったかどうか、という機内の印象は、お客さまが航空会社そのものに抱くイメージとして大きな影響を与えていると思います。
国際線、国内線とも、1時間以上は座っているわけですから、その空間で何か一つでも「使えない」ものがあったり、居心地の悪さを感じる何かがあれば、そのフライトはお客さまにとっていやな想い出や、つらい体験として残ってしまう。例えばシートがスムーズに動かないとか、エンターテインメントが見られない状態であったといったことでも、そういった状況のまま1時間以上も座っていなければならない。間違いなくそれは嫌な思い出になりますよね。
--- 「ここまで気を配っている」ということはありますか。
そうですね。整備作業をすると手や作業着が汚れますので、その汚れが、白を基調にしたキャビン内や、お客さまのシートカバーなどに付いてしまったら、整備の意味がなくなってしまうので、そこは常に最新の注意をはらっています。もし汚れが付いたとしても、必ず最後にはすべてクリーニングをする。少しでも汚れた状態でお客さまに提供しないように気を配っています。そのために、極力きれいな“カバーオール”を着たり、手袋などの保護具をしっかりと着用したりしています。
--- 「不具合を直すのだから、多少汚れるのは仕方ない」という考えはダメなのですね。
はい。それは最初に先輩方から強く言われたことなので。何年経っても大事にしていることでもあります。
ドックでの作業であれば、近くにクリーニングの道具がありますが、ラインでの整備のときは、すぐにクリーニングできる状況にはありません。
それこそ、便と便の合間の10分や15分の間ですべて整備しなければならないこともあります。なので、不具合を直すことにギリギリまで時間を使い、最後にクリーニングをすることになるのですが、その時間があるのかというと難しいですね。もし機内を汚してしまったら、お客さまを乗せて飛ぶことはできなくなってしまう可能性もあるので、できるだけ汚さないように作業することが大切になります。
(限られた短い時間の中でも、抜けなく整備することが求められる仕事)
--- 新幹線の「7分間の奇跡」と呼ばれる清掃業務が世界的にも注目され、ニュース動画が拡散しました。客室整備士の立場から見てどう思いますか。
7分間という時間の短さはとても似ているプレッシャーですね。同じような立場で仕事をされている方々なのだなと思います。
ただし清掃と整備では最後に与える影響がかなり違うのではないかと思います。例えばシートが汚れていたら、汚いという印象で終わるかもしれませんが、シートに不備があり、それを時間内に直せないままフライトさせてしまったら、その席にはお客さまが座れないことになるので、最悪の事態としてはお客さまに降りていただかなければならないわけです。そうあってはならない、という中でのプレッシャーは、客室整備士はかなり大きいのかもしれません。
ですから、不具合を直せたときの達成感はすごいものがあります。決められた時間内に直せて、定刻通りに便が飛んでいってくれた、という瞬間は、なかなか他では得られないような大きな達成感がありますね。
(努力だけではどうにもならないことも。それでもできる限りのことをやりきる)
--- 「仕事をしていて一番好きだ」と感じるのはどんなときですか。
やはり不具合を短い時間の中で直しきったときです。私が整備しているまわりで、CAさんや乗員さんが心配して見ていることがあるんです。そこで「直りました!」と言ったとき、拍手があがることもある。現場全体が「やったー!」みたいな一体感が生まれるんですよ。みんな、想いは一緒ですからね。
直るかどうか分からないようなトラブルが起きていて、その次のフライトは満席だと言われて、絶対に定刻に飛ばさなければまずいぞ!というときに、時間内にきっちりと直せると、まさに現場に一体感が生まれますね。
--- 客室整備士だからこそ知っている「客室にまつわる豆知識」はありますか。
そうですね。最近では結構知られているかもしれませんが、ドア付近のシートは、前方が広いのでのびのび座れますよ、といったようなことくらいでしょうか。シートは機種によって違うのですが、自分で使える幅が変わると快適さが大きく変わりますので、知っておくといいかもしれませんね。
あと、ボーイングの最新中型旅客機「787ドリームライナー」(B787)という機体は、従来機より機内の湿度が高く保たれるようになっているんです。よく飛行機に乗ると乾燥して喉が痛いとか、肌が乾くと言われますが、そのあたりが解消されるかもしれませんね。気圧も地上の高度1800メートルの山と同じ高さに調整されているので耳が痛くなりにくいと言われています。
--- 感謝されたエピソードがあれば教えてください。
私たち整備士が、直接お客さまと接することはほとんどないのですが、直接的にお客さまから感謝をいただいたことが過去に一度だけあります。
そのお客さまは結婚指輪をなくされてしまって、「乗り継ぎ便を待っている間に、どうにか探してほしい」というご相談がありました。失くされた指輪は隙間から落ちて床下の方まで入り込んでいました。シートの下はいろいろな配線が走っているので、非常にわかりにくいのですが、その隙間に転がってしまったようなんです。見つけた瞬間は私もものすごくうれしかったのを覚えています。
お客さまは、ボーディング・ブリッジという旅客搭乗橋のところでお待ちしていただいていたので、CAさんと一緒に向かって、見つけた結婚指輪をお渡ししました。本来は、CAさんからお返ししてもらうので、整備士が直接お返しすることはほとんどないんです。
お客さまが乗り継ぎを待っている間に見つけられたこともあり、直接お返しすることができました。そこで感謝の言葉を頂けたときは、この仕事をしていてよかったと感じましたね。
--- 今後、現場で「導入したい技術や仕組み」はありますか。
よく「こんな形の工具があったらいいのにな」ということがあります。3Dプリンターでこんな形、こんな細さの工具があったら…みたいな想像はしますね。職業病かもしれません(笑)。
自分で考えたものができたら面白いし、整備性を上げられますから、実現したらすごいかもしれない。例えば、ドライバーがこんな形で曲がっていたら、ちょうどあの整備をするときに当たっていいな、とか。そういった特別なドライバーを作ってみたいです。
(整備はひとりでやるものではない。仲間と連携しながら確実に仕上げていくことが重要だと話してくれました)
--- チームの連携や他部署とのコミュニケーションで心がけていることはありますか。
整備同士であれば、前後の工程が重要になりますので、コミュニケーションはしっかり取るようにしています。自分の次の人たちは何を考えて(整備を)やるだろうかと考えて、それをやりやすいようにお膳立てするというか。逆に、前の作業者はこうしたんだろうなと考えて動くこともありますね。
今やっている作業が、どう次に影響していくかが重要なんです。特にドックでは1つの作業に何日もかけることがあります。自分が外したものを再度取り付け直すのは3週間後であったりとか。つまり、自分が外したものを自分が取り付けるとは限らないんです。ですから、次に作業する人がぱっと見て、「あ、こう付いていたんだな」と分かるようにきちんと記録に残していきます。
--- 「そんなのプロ同士だから分かるだろう」と思ってしまいますが…
そこをきちんと記録に残すことがポイントなんです。ベテラン同士ならそれでも作業として成り立つかもしれませんよね。でも全員がそういった方じゃない。「これくらい分かるだろう」という気持ちはあったとしても、やっぱりちゃんと一つ一つ、「こうだ」と分かるように残していきます。「素人さんが見ても同じように付けられるぐらい丁寧に残すことが大事」と。これはよく先輩からも言われてきましたね。
--- プライベートで飛行機に乗る時、つい気になってしまうポイントがありますか。
シートにはメーカー名が書いてあるんですが、普段整備を担当しない機体に乗ったり、それこそ新幹線に乗ったりしたときに、「このメーカーはどこのものなんだろう」と気になりますね。あと「ここはどうやったら外れるんだろうな」という目線になるときがあります。テーブルを出したときに「ここをこうしたら外れるかな」と思うことがありますね(笑)。
--- 最後に飛行機を利用する方にメッセージをお願いします。
個人的には、機内では全力でリラックスして楽しんでいただきたいです。シートはエンターテインメントも含めて、快適に使えるように日々整備をしています。そういったバックグラウンドは全然気にせず、本当にしっかり空の旅をリラックスして楽しんでいただけたらと思います!
(2025年7月取材)
(文:小島昇、写真:大久保惠造)
フリーランス記者・編集者。東洋経済新報社「会社四季報」担当記者として上場企業を取材。インプレス「Web担当者Forum」でサイト担当者向けニュースを、アスキー「ASCII STARTUP」でスタートアップ界隈の話題を執筆。毎日新聞社の経済部記者として電機メーカーや通信業界、東京証券取引所、総務・経産・国交省など取材。ニュースサイトの編集・編成業務10年を経て2019年9月退社し独立。
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1986年 東京写真専門学校卒業。1987年Studio GITANES 小島由起夫氏に師事し、1997年 第26回APA展入選。2005年 Studio MERCADO 設立。会社案内、学校案内、企業PR、パンフレット、カタログ、広告、Webの撮影など幅広く行う。