株式会社ANAエアサービス佐賀 坂口和優さん
株式会社JALエアテック 坂本竜海さん
(写真左から坂口さん、坂本さん)
広大な佐賀平野の干拓地と、豊かな自然が息づく有明海に面した九州佐賀国際空港(以後、佐賀空港)は、2021年7月に開港24年目を迎えました。実は佐賀空港は、最新技術を搭載した自動運転車両や自動手荷物積み付けロボットなど、他空港に先駆けて導入。空港業務において、イノベーションを身近に感じることのできる空港として全国から注目を集めています。
そんな先進的な空港で人々の暮らしに必要不可欠な荷物を運び、正確に積み込むなど物流を支えるグランドハンドリングを担当する株式会社ANAエアサービス佐賀(以後、AS佐賀)の坂口和優(さかぐち かずひろ)さんと、会社の枠を超えてグランドハンドリングで使用する特殊車両の整備や点検を担当する株式会社JALエアテック(以後、JLAT)福岡事業所の坂本竜海(さかもと たつみ)さんにお話をお聞きしました。
グランドハンドリングの業務は、航空機の誘導やけん引を始め、積み荷の搬送など多岐に渡りますが、航空機を安全に到着させ、正確な時間に出発するために欠かせない役割を担っています。
--- 坂口さんは入社3年だそうですが、空港での特殊業務を行うにあたり、すでに社内資格を10種以上取得しているとお聞きしました。
AS佐賀坂口:航空業界での仕事は一般的に、入社後にそれぞれ社内資格を取得してステップアップしていくことが多いと思います。作業ごと、車両ごとに違う資格が必要なこともあり、入社後も勉強が欠かせません。
例えば、手荷物や貨物の積み降ろしを行う作業責任者として必要な「搭降載責任者」という資格は、どんなに座学で知識を叩き込んでも、佐賀空港の場合は業務歴を2~3年以上重ねないと受けられないといったように実務が重視されるんです。空港ごとにその基準が違ったりするのですが、佐賀空港はわりとじっくり経験を積んで進むというスタイルです。今後も目指す資格に向けて日々勉強ですね。
JLAT坂本:私は前職で車関係の仕事をしていたこともあり、自動車整備士の資格を取得していたのですが、空港業務で使用される特殊車両の整備は、一般の車両とはまったく違うものなので、入社後にまずは先輩について整備作業の流れから技術的なものまで現場で学んでいきます。
入社して取った資格といえば、大型免許や大型特殊免許などでしょうか。コンテナを載せるカートのけん引などで必要になり、空港内の敷地とはいえ一般の道路と同様に安全に動かす必要があります。
--- 坂本さんは福岡空港に拠点を置くJALエアテック福岡事業所の所属ですが、佐賀空港でANAの車両整備も担っていらっしゃいますね。
(JALエアテック福岡事業所で整備作業を行う坂本さん)
AS佐賀坂口:実は、佐賀空港におけるグランドハンドリングを円滑に行うため、空港業務ならではの形に進化した特殊車両の整備を一手に引き受けているのが、坂本さんが所属するJALエアテック福岡事業所なんです。福岡空港と佐賀空港、JALとANAといった、県の違いや会社の垣根を超えて支えあう2社の関係は、「空の安全」という目標で結ばれているんですよ。
JLAT坂本:JALエアテックは、福岡空港でANAやスカイマークなど他社の特殊車両整備も行っているという実績があるのですが、佐賀空港でANA関連の車両整備を担当されていた提携会社が整備を辞めるという話になり、福岡空港で弊社とも繋がりがあったAS佐賀の前任の社長から「JALエアテックさんに佐賀空港もお願いできないか」というお声を頂戴し、2年前から出張整備が始まりました。
基本的には月に一度、福岡空港から出張し、上司とコンビで点検整備を担当しています。佐賀空港にJALの拠点はないため、メンテナンスに必要な工具などはANAの貨物上屋がある敷地内に置かせていただくという協力体制をとっています。
もちろん急な故障や修理の対応が必要になったときは、その都度イレギュラーとして福岡空港から駆けつけています。
AS佐賀坂口:いつもご迷惑をかけてすみません(笑)。突然の故障で急に来ていただくことが本当に多くて。
JLAT坂本:空港の特殊車両は一般的な自動車と違い、油圧で作動するものが多いので油圧システムの保守管理も私たちの仕事。こちらこそ車両の不具合でお手数をおかけしています(笑)。
AS佐賀坂口:実はこうやって、直接お話しするのは初めてですよね。
JLAT坂本:基本的にANAとの調整や現場での引き継ぎなどは、同行する上司が行いますので、現場のグランドハンドリングの方からお話が直接聞けるのは新鮮です。
(後日、撮影したお二人の制服姿)
--- お二人とも以前から空港で働きたいと思って現在の職を目指されたのでしょうか
JLAT坂本:もともと車が好きだったので、福岡市にある専門学校で自動車整備士の資格を取り、しばらく車の部品を扱う仕事をしていました。24歳で結婚して、家族が増えたことで、環境や収入共にステップアップを考えていた時に、たまたま現在の会社と出会いました。現在入社して5年目になります。
子どもと一緒に飛行機を見るために、よく福岡空港までドライブしていたので「空港で働いたら子どもたちが喜んでくれるんじゃないかな」という気持ちもありましたね。
AS佐賀坂口:高校時代の3年間、スペインにサッカー留学していたんです。でもケガをしてサッカーの道を諦めざるを得なくなり、じゃあ自分は何をしようかと考えた時、年に何度も利用していた空港でいきいきと働く人たちのことを思い出したんです。
空港の仕事なら自分の語学力や国際人として磨いたコミュニケーション能力を生かせるかもしれないと、スペインから帰国して福岡市の航空ビジネス系の専門学校へ進学。学校では主に接客を担当するグランドスタッフの勉強をしていたので、今の現場は学んだこととは少し違っているかもしれません。
(スペインへのサッカー留学の時のお写真。後列左端が坂口さん)
JLAT坂本:車両に関わるとはいえ、空港で働くなんて想像もつかなかったです。いつか子どもに働いているところを見てもらいたいですね。
AS佐賀坂口:私はグランドスタッフとして働くつもりだったので、同じくいまの仕事をしているなんて想像もしませんでしたが(笑)、業務に慣れると「自分がこの現場を動かしているんだ」というやりがいも生まれ、仕事には満足しています。
--- この仕事について、変化したことや気にするようになったことはありますか?
JLAT坂本:空港で働くようになって、天気が気になるようになりました。天候が荒れた時に工場内に車両を移動させるのですが、すべて入りきるかなど、調整が必要なので。
AS佐賀坂口:私も佐賀の天気だけではなく東京の天気も常にチェックしています。出発地の天候が理由で飛行機が遅れて到着すると、私たちの対応も変わりますので。私たちグランドハンドリングの動きによって、遅延した便の遅れを取り戻し、定時で折り返し便を出発させて、遅延回復を達成した時は、すごく誇らしいですね。
--- お二人の相棒でもある「空港で働くクルマ」にはどんなものがあるのですか?なにかエピソードがあればお聞かせください。
AS佐賀坂口:私がよく使用するのは「ハイリフトローダー」ですね。貨物室にコンテナなどを運び込んだり降ろしたり、旅客便を利用されるお客様ならば、ターミナルから一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。貨物室に平行に横付けしなければならないのですが、パイロットも人間ですから飛行機は必ずしもまっすぐ駐機されているわけでなく、斜めの場合もあるんです。
ハイリフトローダーは車両自体も大きく、目視で機体と平行に合わせるのはかなり難しいんですね。しかも運航スケジュールを厳守するためスピード勝負。正確性が求められるところはやりがいもあります。
JLAT坂本:思い入れがあるクルマと言えば、入社当時は「TT車(トーイングトラクター)」をずっと整備させてもらっていたので、今も愛着があります。見た目は軽自動車のオープンカーみたいな感じなのですが、とにかく馬力がすごい。小さい体でぐいぐい大きなコンテナを運ぶ力持ちです。
私は整備士なので、普通は工場にいて停まっている車両を相手にしていますが、例えば七夕イベントのような特別フライトなどにお見送りメンバーとして参加する時など、自分が整備した車両が実際働いている姿を見ると「がんばってるな」と嬉しく思いますね。
(お話に出てきたハイリフトローダーを整備する様子)
AS佐賀坂口:実はハイリフトローダーとの思い出には、失敗談もありまして。車両待機位置に駐車して車両から離れる際は、間違って動き出さないよう「チョーク」という車止めを施すんですね。そして、ハイリフトローダーを動かす時は、必ずチョークを外して運転しなければならないんですが。
ある時、うっかりそのまま乗り上げ、チョークを粉砕してしまって。上司から「タイヤで踏むことはあっても粉砕したとは前代未聞」と言われてしまい…(苦笑)。以後は、それまで以上に確認に気を付けていますね。
JLAT坂本:私の失敗談は、部品交換すべきではないパーツを外したときに壊してしまったことでしょうか。もしそのまま気づかず車両を引き渡してしまったら笑いごとではないんですよね。だから、今は簡単なオイル交換でもキャップの締め忘れはないか、必ず指差し点検は忘れないように心がけています。
--- 新型コロナウイルスにより大きな影響を受けている航空業界ですが、コロナ禍で変わったことはどんなことでしょう?
AS佐賀坂口:まず現場で一番変わったことは、いままで常にフル稼働していた車両が減便によって使われなくなり、そのことで「バッテリーが上がった」、「ライトがつかなくなった」、「クラクションがおかしい」など、これまでより不具合が発生しやすくなったことです。例えば、乗らない自転車はすぐ錆びてパンクしますが、それと似た感じですね。ですから、坂本さんたち整備の方々には本当にお世話になっています。
JLAT坂本:いえいえ。弊社の場合は、コロナの影響で2班に分かれての時差出勤になったので、その時にしっかり引き継がないと現場との要望と整備が擦り合っていない問題などが起こりかねないので、そのあたりに気を遣うようになりました。
AS佐賀坂口:航空機が飛んでいないということは、航空事業の業績も厳しい、ということなので、実は今年からグランドハンドリングだけでなく外部収入獲得を目指す収益性担当も兼任するようになりました。
例えば、地元自治体とのコラボを企画して情報発信をしていくとか、今まで無料体験できていたイベントに付加価値を付けて有料化してみては…などの企画を考えたり、作業着からスーツに着替えて商工会議所へ行くなど、外部との連携をより強めたりしています。
--- アフターコロナに向けて準備したいこと、やりたいことなどはありますか?
AS佐賀坂口:会社には色んな立場の人、年齢層の人がいるのでわかるのですが、新しいチャレンジやいままで事例にないことに反対する人も少なくありません。でも私は「現状維持は後退と同じ」だと思っています。
せっかく全国数ある空港の中で、ここ佐賀空港はイノベーションモデル空港に選ばれているんですから、自分もどんどん新しいことをやっていきたいですね。
JLAT坂本:今のうちにいろんな車両を整備できるよう、スキルアップしたいと思っています。例えば、今後はドローンがより身近になり、操縦者だけでなく、整備も必要になってくると思っています。自分だけじゃなく、会社のみんなで新しいことにチャレンジしたいです。
(2021年7月取材)
(文:吉田暁子、写真:岩川芳信)
福岡市在住。地元新聞社や企業をメインに幅広い分野での取材・ライティングを生業にすること四半世紀。バックパッカーとして30カ国以上を渡り歩いた旅マニア。この10年は台湾に熱を上げ、台湾関連の執筆も多数。在日外国人への日本語教育ボランティアをライフワークとしている。
福岡在住のフリーカメラマン。福岡市内の広告系写真スタジオ勤務後、独立。企業案件から個人サロンなどまで幅広く手掛ける。
400件以上撮影した飲食関係の撮影が得意分野。お酒関係の撮影は目の色が変わるタイプ(デザイナー談)
https://www.instagram.com/iwakamera/