ANAエアポートサービス株式会社 土江大雅さん
世界的に流行したコロナウイルスの影響を強く受けた羽田空港。なかでも国際線が発着する第3ターミナルは、9月末の段階でも未だに人気はまばらで、フライトが再開していない航空会社も多くあります。それでも、空港内の飲食店が営業を再開するなど、復活の兆しも見えてきました。
今回はそんな羽田空港の国際線ターミナルでキャリア3年目のグランドスタッフとして働くANAエアポートサービス株式会社 旅客サービス部の土江大雅(つちえ たいが)さんにお話を伺いました。
土江さんは入社後1年目からANAが受託しているシンガポール航空のグランドスタッフとして業務。同社の様々な業務資格に加えて、2年目にはANAのカウンター業務の資格や、手荷物事故に関する責任者の資格も取得するなど、日々の業務に向き合いながらキャリアアップを目指しています。そんな中、今年、コロナショックがやってきました。
--- グランドスタッフとして働こうと思ったきっかけは何ですか?
小さい頃から父が仕事で韓国などに行くことが多くて、関西国際空港によくお見送りやお迎えに行っていたのが大きかったと思います。展望デッキで飛行機を見て、憧れというか、幼心に空港は楽しい所だと感じていました。
実際に働きたいと考えるようになったのは高校生の時です。それまでは、学校の先生もいいし、美容師もいいかなと考えていたこともありましたが、実際に進路をどうするかと聞かれたとき、友人の一人が専門学校に行って航空業界を目指すと言っていて、自分も空港が好きだったことを思い出し、目指してみようと考えました。
そこで、航空業界に進みやすいということから、関西外語大学に進学したんですが、大学にも航空業界を目指している人が多くて、教授にも航空業界ご出身の方がいて、さらにモチベーションが高められましたし、情報交換もできましたね。
航空業界に行くことを考えてすぐのときは、パイロットやキャビンアテンダントのイメージがあったんですが、元々、空港に憧れていたことと、人と接して話す仕事が自分に向いているなと感じていたので、そうなるとグランドスタッフかなと自分でも思いました。
就職活動のときは、パイロットの面接も受けましたが、早々に落ちてちょっと悔しかったです(笑)。
--- 関西出身とのことですが、どのような経緯で現在の会社を選ばれたんでしょうか?
最初は関西から出るつもりはありませんでした。大学3年生のときに就職支援サイトで偶然、現在の会社のインターンシップ募集記事を見かけたんです。その時に羽田空港でグランドスタッフの仕事をしている会社だと知りました。インターンシップは1回1日ずつで、1年間に何回か職場体験のような形であったんですが、それに参加していく中で、もうここしかないなと思うようになっていきました。
(“頼れる兄貴”である先輩と)
その理由として最も大きいのが、1年目のグランドスタッフの方がインストラクターとしてインターンシップに来てくださったことです。数少ない男性のグランドスタッフということもあり、自分の将来を重ねてみていました。いろんな質問をさせていただき、まさに頼れる兄貴のような存在で、自分もこの人のようになりたいと憧れました。
その方がいたから羽田空港を選んだという部分は大きいと思います。今は、同じ部署で先輩として働いていて、プライベートでも一緒にご飯にいったり、仲良くしていただいています。
--- 旅客サービスと手荷物事故業務の責任者、それぞれの仕事について教えてください。
コロナ以前は弊社が担当しているシンガポール航空便が1日に3便ありまして、旅客サービス担当として、そのうち1便を担当することになります。シフトは早番と遅番があり、早番の場合は自宅からタクシーを使って4時半から5時頃に出社します。
出社したらまずは出発便の準備です。カウンターの物品を所定の位置に出したり、予約情報の確認をしたり。出発の3時間ぐらい前に、カウンターをオープンして、お客様のチェックインをするという流れになります。
そして、出発1時間ぐらい前になると搭乗口に移動して、搭乗業務を行います。ここまでが1日のアサインと呼ばれる、一連の業務の流れです。
担当の1便が終わると他の業務をする時間があります。例えば、他の提携航空会社の窓口でお手伝いが必要なお客様がいらっしゃって、人員が足りない場合にお手伝いに行ったり、ANA便の対応で人手が足りない場合は、そこに入る場合もあります。この辺りは臨機応変に対応できるようにしてあります。早番の場合は昼頃には退勤できます。
手荷物事故業務(通称:LL)の責任者としてアサインされた日は、預け入れ荷物が出てくるターンテーブルの端にあるカウンターに1日詰めて、荷物のトラブルに対応します。
ここではまず、到着便情報の確認を行います。例えば「この到着便には荷物が届かないお客様がいます」といった情報が事前にわかれば、それを現場担当者に伝え、お客様にすぐに知らせるよう指示を出します。全体の状況を把握して、指示を出すのが責任者の役割です。
ただ、荷物が乗っていないなどの情報が事前に分かっていない場合は、かなり慌ただしくなりますね。
荷物を載せた空港の担当者にメッセージを送って、状況の確認や理由を調べるんですが、時差の関係もあり、その時間に現地の空港が動いていない場合もあります。すぐには答えが返って来ない場合は、状況が見えたらお客様にお電話などでご連絡をするという流れになります。基本的には荷物に付いているタグでトレース(追跡)できるようになっているんですが、まれにタグが外れたりすると確認作業も難航しますね。
基本的にLLの責任者の仕事はトラブル対応です。カウンターに来られるのは荷物がなかったり、壊れていたり、何かしらの問題にあってしまわれたお客様。トラブルがあったときに発生する仕事なんです。
--- トラブル対応時はどのようなことを心がけていますか?
空港でのトラブル対応に関しては入社後の最初の訓練で、まずは相手の話をきちんと聞くということを教わります。相手が何を求めているのか、まずはお客様の思いを理解する。それを大事にしています。
ただ、飛行機が遅延したり、荷物が届かなかったりというトラブルは、海外のお客様は比較的そういうことに慣れている方が多い印象です。何かあったときに焦ってしまわれるのは日本のお客様の方が多いですね。荷物をきちんと運ぶという日本の航空会社への期待値があってこそだと思いますが…。
そういったときの対応では冷静な態度を心がけています。こちらが動揺すると余計に心配をかけてしまいますので。お客様と認識の相違がある場合でも、しっかり聞きながらもご説明します。もちろん弊社の落ち度の際は、きちんと謝罪します。どんな場面でも、気持ちが折れないように誠心誠意対応することを心掛けています。
そういう意味では、今3年目ですが、メンタル面はかなり鍛えられたと思います。乗り継ぎに間に合わないといったトラブルでは、かなりヒートアップするお客様もいらっしゃいます。そういった経験を重ねたことで、タフになったと思いますね。
他にも、海外の航空会社を利用されていらした日本人のお客様が、英語が話せないからと我々にご相談下さることがあるのですが、そういった場合は、利用された航空会社に相談してくださいとお伝えするしかないので、歯がゆいですね。
そんな風に色々あっても、同期が多くて仲がいいので、「今日はこんなことがあった」と情報交換しあって、精神的に折れないよう支え合っています。それに対してどう対応した、という情報もやり取りするようにしていますね。
それでも疲れてしまったときは、家に帰ってYouTubeを見ながら大声で歌うのが私のストレス解消法。それで発散して、寝てしまえば翌日はすっきりしていることが多いですね。あまりストレスを溜めないタイプなんです。あ、十八番はBTSとTwiceです。
--- これまでに体験した一番のトラブルはどのようなものですか?
国際便をハンドリングしていたときに、深夜の出発が3時間以上遅延したことがありました。その便はファーストクラスも満席で。対応していたお客様も、最初は穏やかに話を聞いてくれていたんですが、あと1時間、あと1時間と機体修理の終了時間が延びていく中で痺れを切らされてしまいまして。
今まで使ったことがないスラング交じりの英語でまくしたてられたことがあります。海外のドラマや映画のような感じで、さすがに全部の意味は聞き取れなかったんですが、いろんなことを言われたと記憶してます。
結局、そのお客様は待ちきれなくて、翌日の成田便にご変更されたんですが、一度出国手続きを済まされた後でしたので出国の手続きを取り消す必要があります。その手続きをお手伝いしていたところ、その最中に、私がしているイヤホンに修理が終わって搭乗を開始したという連絡が来たんです。どうしようかと悩みましたが、ただ、その方はすでに出国手続きが取り消された状態であったため、また出国手続きをするとなると時間がかかってしまい間に合わない。お客様の心情を考え、その場で判断し、お伝えせずタクシー乗り場までお見送りすることに。
この日も家に帰ってから大声で歌いたかったのですが、さすがに深夜だったので自粛してすぐに寝ました。この件を乗り越えて以来、トラブル時に強い英語でまくしたてられても、冷静に対応できるようになったと思います。
--- 逆にグランドスタッフの仕事のどんな場面でやりがいを感じていますか?
旅客サービスのスムースなチェックインは当然で、LLもトラブル対応がメインの仕事ですから、実は接客していてお礼を言われることってあまりないんです。そんな中で、さり気なく「いってらっしゃいませ」といったときに「ありがとう」って返ってくると、その一言だけで疲れが和らぎますね。
また、これは私ではなく、同僚がクレーム対応をした結果なんですが、会社のメールアドレス宛に対応がすごく丁寧だった、というお褒めのメールをいただいていました。こういうのは仲間のことながら嬉しいですよね。
--- 今年、世界的に流行したコロナによる仕事への影響を教えてください。
コロナが発生する以前は空港に出社するとお客様がたくさんいて、その活気でいつも自然と「今日も仕事を頑張ろう」というモチベーションが沸いていたんですが、今はお客様も少ないですしロビーもシーンとしている状態で、気持ちの入れ方が難しいと感じる時が正直あります。
(2020年9月某日の国際線カウンター)
コロナが流行する前と違い、お客様との距離感や接客の仕方がかなり変わったように感じます。ソーシャルディスタンシングというように、コロナ以前はよく声が届くように大声で係員がご案内をしていたこともありましたが、お客様の中には大声を出すことに対しても敏感になられている方もいらっしゃると思うので、接客行動を見直す場面があります。
接客として、これまではお客様の荷物を持つ場面もあったのですが、今は接触を控える必要があるため、対応の仕方が変わってきています。こちらとしては今まで通り、お持ちしたいんですが、気軽に触ったり預かったりというのができなくなりましたね。今はお手伝いする時も、きちんと事前にご了承を得てから行うようにしています。
現在のようにマスク着用が広がる前は感染リスクを感じることはありました。特に最初の頃は我々係員のマスクは任意だったんです。その頃に、トラブル対応でお客様のカバンを持って2時間ぐらいずっとお互いマスクをつけないまま一緒にいたこともありました。今では考えられない状況ですよね。
現在は、主に担当しているシンガポール航空も関空と成田のみのフライトになっており、羽田便はまだ復活していない状態です(2020年9月現在)。
元々就航を予定していたところも飛べなくなっているので、今はコロナ以前と比べて国際線の業務量が減っている一方で、国内線が復活しているタイミングなので、その業務をしています。
ただ、良いこともありました。これまでは到着するお客様、出発するお客様、それぞれ余りにたくさんいらっしゃるので、一人一人に対して目を向けるのがなかなか難しかったんです。今はこれまでできなかった細かい心配りや、何かができるのではないかと考えて日々の仕事をしています。フライトが復帰したあともそういったことをやっていきたいですね。
(次回インタビューに登場する同じく羽田空港で働く尾島さんと第3ターミナルで)
今は、早くシンガポール航空が戻ってきてほしいですね。また、それと同時にANA便の担当者としてもいろんな資格を取得して、今以上に活躍できるようになるのが目標です。
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海外出張に行く父親をきっかけに空港に憧れた幼少期。 そして漠然と航空業界を目指す中で就職活動では、自身のロールモデルとなる憧れの人にも出会えた。それらの体験や出会いが今の土江さんを形作り、今、羽田空港でグランドスタッフとして勤務している。
コロナショックが空港業務に与えた衝撃は大きかったが、 それでも後ろを向くことなく、この時期だからこそお客様ひとりひとりに これまで以上に目を配って、お手伝いをしていきたいと土江さんは語る。 取材に訪れた9月末日、土江さんが羽田空港の中の飲食店の中でも「ここのカレーが美味しい」と、おすすめしてくれた第3ターミナル4階にあるカフェ カーディナルは9月1日から営業を再開していた。羽田空港は少しずつ元気を取り戻しつつあるようだ。
(文:コヤマタカヒロ、2020年9月取材)
1973年生まれ。大学在学中にライターデビュー。現在はデジタルガジェットや白物家電を専門分野として執筆活動を展開。同時にスタートアップ経営者などのインタビューなども手がける。AllAboutガイドや、企業のコンサルティングなども行う。家電のテストと撮影のための空間「コヤマキッチン」も用意。