株式会社ANAエアサービス佐賀
諸岡慎也さん
竹下大稀さん
今回は、株式会社ANAエアサービス佐賀でグランドハンドリングのチーフとして現場の指揮を取る諸岡慎也(もろおか しんや)さんと、グラハン全般を担当する竹下大稀(たけした だいき)さんのお二人に、お話をお聞きしました。
諸岡さんは、同社に入社後、数年ほどエアポート関連の専門学校で講師を務めており、その学校に通っていたのが竹下さんだったのだそうです。
そんな現・上司と部下、元・師弟コンビのお二人が働く場所は、九州佐賀国際空港(以後、佐賀空港)。広大な駐車場にはたくさんの車が埋まるなど、需要が伸び続ける活気ある地方空港です。
(ハンドリング業務を主軸にしつつ、2年間の講師経験を持つ諸岡さん)
--- 職歴や現在担当されている仕事について、まずは先輩である諸岡さんからお話をお聞かせください。
諸岡:私は2006年にANAエアサービス佐賀に入社しました。途中、1年ほど福岡空港へ出向しましたが、基本的にはANAエアサービス佐賀のハンドリング一筋です。
現在、20年のキャリアになります。今の仕事では、3班に分かれているハンドリンググループのうち、2班のチーフを担っています。
また、2022年からの2年間は、佐賀市にある佐賀工業専門学校で講師を兼任していました。弊社から交代で任命されるのが通例なんです。任期は2年でした。学生とのやりとりは本当に充実したもので、もし機会があれば再チャレンジしたいくらいの素晴らしい経験をさせてもらいました。
(諸岡さんの教え子であり、後輩、部下でもある竹下さん)
--- では次に竹下さん。これまでのご経歴と、現在担当されている仕事についてお聞かせください。
竹下:私は、諸岡さんが「諸岡先生」だった頃に教わっていた、いわゆる教え子です。高校、専門学校で6年間学び、この会社に2024年に入社しました。今年で2年目になります。
学生時代には「大型免許」「フォークリフト免許」「けん引免許」など、グランドハンドリングに必要な基本的な資格を取得しました。
今は、さらに専門性を高めるための資格取得に向けて準備しています。社内資格なのですが、受験条件が業務経験3年目からなので、毎日が勉強中といった感じです。まだまだ新人です!
--- 上司であり、もと先生でもある諸岡さんは、どれくらいの資格をお持ちですか?
諸岡:私、資格の数を数えたことがないんです(笑)。グランドハンドリング業務は、数え切れないほどの資格を常に取得し続けていく職業でもあるので、かなり多くの資格を持っていると思います。資格といっても社内資格だけではなく、航空会社や勤務する空港によって、それぞれ必要な独自の資格があります。また、同じ業種でも各空港によって必要な資格は異なります。
グランドハンドリング業務で必ず取るべき資格は「航空機地上誘導作業」「トーイングタグ」「ベルトローダー」でしょうか…。
--- お二人に伺います。そもそも航空業界を志したきっかけを教えてください。
竹下:私は、中学のときにスポーツ推薦で北陵高校(佐賀市)へ入学することが決まりました。そこで、どの学科を選ぼうかと調べた時に『エアポートサービス科』の存在を知ったんです。高校の学科としては珍しい学科ですよね。僕も「エアポートサービスっていったい何をするんだろう」「なんだか面白そう」だと思いました。それが最初のきっかけです。
高校に入学し、学んだことで理解が深まり、さらに同校系列の佐賀工業専門学校のエアポートサービス学科に進学しました。この頃には、空港で働きたいという想いが深まっていたと思います。
諸岡:私は子どもの頃に空港に興味を持ったことがきっかけですね。小さい時に訪れた空港でランプ(駐機場)を見ていたんです。すると、飛行機を押す車やコンテナを運ぶ車など、一般道路では見たこともない車が悠々と走っていました。
子ども心に「あれは何だ? 誰が乗っているの?」と興味を持ちました。ちなみに私も佐賀工業専門学校エアポートサービス学科の卒業生なので、竹下くんの“先輩”でもありますね。
--- なるほど!諸岡さんは、竹下さんの上司でもあるけれど、学校の先輩でもあるんですね。さらに竹下さんの先生であった時期もある。
諸岡:そうですね(笑)。私が専門学校で先生をしていた2年間は、週に一度「グランドハンドリング」というカリキュラムを担当していました。空港業務全般から航空貨物取り扱い、空港用語など、実地に基づいた授業を心がけていました。
自分も卒業生だから分かるのですが、1授業100分の座学なので、どうしても集中力が途切れがちなんですね。だから30分おきに小休憩を入れたり、実際にあったエピソードトークを盛り込むなど、飽きない授業づくりをしていました。
竹下:覚えてます!諸岡先生の授業は教科書を読むだけのものではなく、学生たちと双方向でコミュニケーションを取りながら進む授業でした。だからこそ分かりやすくて、いわゆる“押し付け感”がなくて本当に面白かったです。
諸岡:いいね、そのコメント。もっと言って(笑)。
(面白さと優しさを兼ね備えた先輩と、尊敬の気持ちを持ってついていく後輩の関係性がとても魅力的な職場)
竹下:専門学校はクラスメートが10人だけだったこともあり、かなり濃密な2年間を過ごしました。そして、無事に卒業し、ANAエアサービス佐賀に入社しました。入社してすぐの頃は生徒の感覚が抜けず、上司である諸岡さんに「先生!」と声をかけてしまうこともしばしばありました(笑)。
--- 卒業後、引く手あまたの中、竹下さんが今の職場を選んだ理由を教えてください。
竹下:専門学校には半年に一度、佐賀空港での「空港研修」という実習があり、実際のTT車(トーイングトラクター)に乗って操縦を体験できる授業がありました。この実習で、グランドハンドリングの仕事を実際に体感でき、さらに会社の方々と交流するたびに、今の会社だけでなく佐賀空港全体の雰囲気のよさに惹かれました。
諸岡:私が就職活動をしていた頃は、佐賀空港には貨物の深夜便が就航していたんです。そのとき、「空港は真夜中も動いてるんだ」「夜に働くのって面白そう」という好奇心が生まれました。
若い頃は夜更かしも平気ですし、当時の自分にとって普通のサラリーマン生活は想像できなかったのかもしれません。でも入社していざ働いてみると肉体的にはキツかったですね(笑)。夏は毎年暑さが増していますし。
ただ、だからこそ、みんなで力を合わせる面白さがあります。グランドハンドリングの仕事は個人戦ではなくチーム戦。自ずと仲間意識が強くなりますし、佐賀空港はアットホームな雰囲気もあるので、誰かがミスをしそうになっても誰かがリカバリするという空気感が自然とあると思います。それは、当時学生だった竹下くんにも自然に伝わったのかもしれませんね。
竹下:専門学校の同期には、別会社ですが、もうひとり佐賀空港に入った人もいますし、先輩方にも同じ専門学校出身の人が大勢いらっしゃるというのも、いいなと思えた理由の一つだと思います。佐賀空港の規模感とか、アットホームさは魅力だと思いますね。自分は人見知りなところもあるので、あまりに従業員数が多い環境だと萎縮してしまったかなと思います。
--- 竹下さん、人見知りなのですね。そんな竹下さんの入社が決まり、先生であり先輩の諸岡さんは現場でどう感じていましたか。
諸岡:竹下くんはとにかく穏やかで優しい性格です。だからこそ、社会に出て自分の言いたいことが伝えられるかは心配でした。
しかし、社会人となって、彼はずいぶん変わりましたよ。訓練を重ねて自信がついたのもあるかもしれません。今は発言もしっかりしていますし、今後の成長が楽しみです。
(諸岡さんに、成長したと言われて嬉しそうな竹下さん)
竹下:褒めていただけて嬉しいです!私にとって諸岡さんは、楽しい授業をしてくれる「面白い諸岡先生」でした。ですが、いざ同じ会社の人間として上司の「諸岡さん」を知ると、面白いだけじゃなかった(笑)。ものすごく頼れるリーダーで、尊敬できる存在に変わりました。
入社後、まだ職場にうまく溶け込めない自分にさりげなく話題を振ってくれたり、いろんな場面で気にかけてもらい、助けてもらったことは本当に感謝しかないです。
諸岡:そういうのも、もっと言って(笑)。
(先生と生徒の頃は、楽しさだけを感じていたが、現場で再会したことで、優しさと厳しさの大切さを感じたという竹下さん)
--- グランドハンドリング業務の1日の流れを簡単に教えてください。
諸岡:勤務形態は3シフトに分かれています。就航スケジュールによって変わりますが、早朝の4時半ごろから昼過ぎまで勤務する「早番」、そして7~8時ごろから始まる「中番」、13~14時ごろから夜まで働く「遅番」というのが、おおよその基本形です。
出勤後は、最初にアルコールチェックをします。空港内は公道ではありませんが、そうでなくても検査は必須です。
その後、ランプに出て各アサイン作業を行います。1シフトに入るのは5人ほど。ロードマスター担当(機側責任者)、プッシュバック担当、ケータリング担当、手荷物の仕分け担当などに分かれます。
早番の場合、6時45分発(2025年10月現在)の一番機を見送った後はデブリーフィングというフライトの後の振り返りを行います。ここでは、どんなに小さな事でも連絡・報告をし、社内システムで共有しています。その後は1時間ほど休憩が入り、9時台の便、11時台の便があれば、その都度対応していきます。仕事の最後には必ずミーティングを行い、備品や道具などのチェックをした後、遅番に引き継いで14~15時ごろ退勤という流れです。
--- 1シフト5名ほどですか。それはなかなか少数精鋭ですね。そういった場合、急な休みや病欠のメンバーが出た時は大変そうですね。
諸岡:当然そのようなシーンもあります。その場合は、例えば貨物担当から仕分け担当にシフトするなど、スケジュールと業務内容のバランスを見てアサインすることもあります。佐賀空港は小さな空港ですから、私たちのメンバーはひとり二役、三役できる優秀な職員ばかりが揃っているんですよ!
竹下:私は持っている資格の関係もあって、現状は「中番」に入ることが一番多いです。
新人の自分が何かを起こしてしまった時にリカバリしていただける方が多い時間帯だから、という意味だと思うのですが。本当は早く寝なければいけないのですが、学生時代の夜型の生活が抜けず、朝早いとわかっていてもなかなか早寝できないのが個人的な課題です。
--- 業務に関するヒヤリとしたエピソードはありますか、そこから得た教訓なども教えてください。
(多くの人や、想い、多くの連携の中で成り立っている空港の仕事。安全第一が第一目標)
竹下:それこそ朝早い出勤に慣れていない頃、遅刻してしまった、という失敗エピソードをお話したいところですが…(笑)。
実はもう少し大きなミスをしてしまったことがあります。私たちの業務環境は、飛行機のエンジン音などとにかく音が大きい環境なので必ずイヤーマフをして、無線でコミュニケーションを取っています。その日も、イヤーマフをつけてベルトコンベアで手荷物を仕分けしていたのですが、コンベア上にまだ人がいたのにうっかり機械を作動させてしまったことがあります。幸いなことに転倒や巻き込みなどには至りませんでしたが、無線だけの連絡を過信せずに、しっかりと声掛け、目視確認をしなければならないと大いに反省しました。
諸岡:私は、自分のエピソードではないのですが、深夜便で貨物を取り降ろす時にストッパーを施すのを忘れたことで、6トンのコンテナが傾いてあわやということがありました。6トンという重量を上げられる車両はないので、コンテナの扉を開けて中の荷物をひとつひとつ出し、空になったコンテナを戻しました。運航スケジュールにも影響は出ませんでしたが、ストッパーひとつ忘れても大事故に繋がるという教訓になりました。
私たち空の仕事をする者は、全てにおいて重要視しなければいけないのが「安全」です。航空機や車両、運航スケジュール、荷物そして業務を遂行する私たちすべての安全を守るよう、日々心がけています。
(安全を第一優先にすべく、日々の確認を怠らない)
--- 今の職場の好きなところを教えてください。
竹下:アットホームで社員同士の距離が近く、たわいのない会話が楽しくできる点ですね。職場環境はとても恵まれていると思います。繰り返しになりますが、今後資格取得など、いろんなことに挑戦しなければならないので、それをフォローしてくれる先輩や上司が身近にいるのも心強いです。
諸岡:忖度せず、なんでも言い合える関係が構築できていることでしょうか。何かあったときも安心して任せられますし。逆に、今後もう少し改善したいところは、仕事のやり方を外からの視点というかもう少し多角的に見てよりよい体制やシステム作り。地方空港だからといって小さくまとまる必要はないと考えています。
佐賀空港は、ANAと佐賀県が官民連携してハンドリング業務の先進技術をいち早く導入した「イノベーションモデル空港」なんです。実際にどこよりも早く、リモコン式航空機牽引車や自動手荷物積み付けロボットが稼働しており、羽田では佐賀で実験した自動走行TT車が試験運用されています。
例えば、インタビュー冒頭でお話しした繊細な運転技術が必要な「航空機地上移動作業資格」ですが、リモコン式航空機牽引車を使えば手元のコントローラーを操作してプッシュバックさせるため、より作業がやりやすく安全に進化しています。このように、佐賀空港での仕事は、他に先駆けた一歩先のハンドリングシステムを経験できるという意味でもやり甲斐があります。
(実際に使用しているリモコン式の航空機牽引車)
--- オフの日はどのように過ごしていますか。
諸岡:ゴルフ三昧です。早番が終わってそのまま練習場にいくこともあります。通勤は車ですし、業務上前日のアルコール摂取も控えたいのでお酒を楽しむことは減りましたね。もっぱら楽しみはゴルフです。
竹下:私はキャンプやサウナなど、アウトドアが好きです。食べ歩きも大好きで、ラーメン屋巡りはよくしています。先日は先輩とラーメンを食べるためだけに佐賀空港から東京まで行ってきました。家系ラーメン、おいしかったです!
(会社の雰囲気は、緊張感はありながらもとても風通しのよい環境。それがミスを防ぐことにもつながる)
--- 今後チャレンジしたいことや展望をお聞かせください。
諸岡:品質向上を牽引する「ラインマネージャー」を目指していきたいですね。しかし、経験を積み、管理職になるとグランドハンドリング業務に配属されるとは限らないので、もしかしたらステーションコントロールや旅客係員、空港外の思いもよらない場で活躍しているかもしれません。
個人的にチャレンジしたいことは語学の勉強です。意外に思われるかもしれませんが、グランドハンドリングは乗務員や機内と連絡をとる機会があるので、国際便の場合、スタッフとは英語でのやりとりになるんです。その時にスムーズに意思疎通ができるよう、英会話も身に付けたいんです。でも…なかなか難しいですね。
(よりスムーズな業務を目指すべく、英語を身につけたいと話す諸岡さん)
竹下:私は「航空機地上移動作業資格」はぜひ取得したいです。でも、あと3年の経験が必要なのでそれまで現場で知識を積み上げていきます。そしてまだ先の話ですが10年後にはチーフやアシスタントチーフになれるよう頑張りたいです。
(先輩の背中を追いながらも、自分のペースで上を目指していく竹下さん)
諸岡:若手にいろいろなことをやらせてみて、道を示すことも私たちの務めだと思っています。経験を積めば佐賀空港だけでなく、他の空港に行きたいという時も必ず役に立ちますから。
2023年度から新たに人事制度が更新され、キャリアパスを充実させ、各々が目指すキャリアを描けるようなルートが設定されました。入社3年目、5年目、10年目というタイミングで、スムーズに資格取得ができるようにサポートをするなど、社をあげて取り組んでいます。
私は佐賀と佐賀空港が好きなので「佐賀空港の利用者をもっと増やしたい」という思いが根底にあるんです。官民一体となり、今後も佐賀空港を盛り上げていけたらと思います。
(2025年8月取材)
(文:吉田暁子、写真:岩川芳信)
福岡市在住。地元新聞社や企業をメインに幅広い分野での取材・ライティングを生業にすること四半世紀。バックパッカーとして30カ国以上を渡り歩いた旅マニア。この10年は台湾に熱を上げ、台湾関連の執筆も多数。在日外国人への日本語教育ボランティアをライフワークとしている。
福岡在住のフリーカメラマン。福岡市内の広告系写真スタジオ勤務後、独立。企業案件から個人サロンなどまで幅広く手掛ける。
400件以上撮影した飲食関係の撮影が得意分野。
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