株式会社JALグランドサービス 石川さん
飛行機が空港に着陸してから次の出発までの所要時間は、国内線では40分から1時間、国際線では約2時間。飛行機の周りや機内には、そのわずかな時間に、次のフライトの準備を行うたくさんの人達がいます。その中に、本日の主役の石川さんもいます。
乗客が飛行機に乗ると、ピンと糊のきいたカバーは美しく、シートは整然としており、シートポケットの中には機内誌やイヤホンなどがきちんと揃えられています。床にはゴミ一つ落ちておらず、ほんの少し前にそこに沢山の乗客がいた痕跡はどこにも残っていません。
私達は、それを当たり前のように思っていますが、実はその裏側にはたくさんのドラマがあるのです。
機内のクリーニングやセッティングもグランドハンドリング(グラハン)業務の一つです。就職前まで空港に行ったことがなかったという石川さんは、入社以来21年間グラハン客室担当のベテラン。
そんな石川さんに、裏話も含め、機内清掃の仕事の面白さを教えていただきました。
--- グランドハンドリングの機内作業とは?
ハイリフトトラックという特殊車両をまず機体につけます。そこには次のフライトのための様々な備品を積載しています。そこから機内に入ると、まずは使用済みのブランケットや枕を回収します。
それから、床や座席シートに汚れがないかを確認し、汚れていればクリーニングやシートを交換します。
シートポケットの中にゴミや忘れ物はないかを点検しながら、機内誌などを規定通りに並べ替えます。そして、新しいブランケットや枕、カバーを配置していきます。
こうした作業を5〜6人を1チームとして、機体の大きさによって数チームで分担しておこなっていくのです。ボーイング787クラスになると4チーム、20人の前後の体制になりますね。
--- あらゆる機種や航空会社のこだわりにも対応
私達は成田空港に発着する外国の航空会社からも委託を受けていますから、機種ごとに業務に必要な資格を取得しなければなりません。航空会社によって客室内のセッティングの仕方は異なります。例えば、シートベルトの整え方ひとつをとっても、航空会社によってベルトをクロスさせるとか、真ん中にまっすぐに置くとか様々です。
それに、基本的にクリーニング機材は自分達で用意している物を使いますが、使用する洗剤が指定されていることもあるんです。欧米線などはクリーニングをしながらセキュリティチェックもします。機内に不審物が残っていないか隅々まで点検しながら、清掃をしていかなければならないのでフル稼働です。
--- 背中で感じるメンバーの「あうんの呼吸」
非常に多岐にわたる作業ではありますが、手順書があるのでそれを見ながら覚えていきます。先輩も教えてくれますが、実際の現場ではゆっくり指導をしている時間がありません。ですから最初は大変ですね。私も慣れるまでに3ヵ月ほどかかりました。
慣れてくると自然に身体が動くようになります。チームメンバーはある一定期間固定で決まっているので、次第に「あうん」の呼吸で動けるようになっていきますね。メンバーが各々の状況を背中で感じ、何も指示することなく作業を終えることができた時は、本当に充実感がありますよ。
--- 一人ひとり違う、客室セッティングへの「こだわりポイント」
私のこだわりは、背もたれのカバーですね。四隅がピンと張っていると見栄えが全く異なるんです。さりげないこだわりですが、お客様にとっては初めてのフライトかもしれないですから、そういったところにお客様へのおもてなしの気持ちを込めています。
他には、トイレットペーパーにこだわっている人達もいます。端を三角形に折るじゃないですか。それを折り紙のように鶴や花の形に折るのです。職場で競技会をしたこともあって、その時は、鶴の作品が優勝しました。
時間との闘いである機内作業のなかでも、素早く美しく。離陸して最初に使うお客様だけの目にしか触れない場所ですが、少しでも喜んでいただけたらと、皆思っています。
--- 21年目、リーダー格として皆を率いていく存在ですね。
はい。チームの司令塔として動くことを求められています。作業の進捗状況を踏まえて指示を出す立場です。慌しく時間に余裕がない時は、私は敢えて作業はやらずに全体を見渡すことに徹しています。
あそこの作業が遅れているから、あと何人投入しようとか、刻々と迫る残り時間を見ながら現場の状況を判断して、確実に機内を整えた状態で出発時刻に間に合わせるよう全神経を集中させます。
前便が遅れていて作業がずれ込んだり、機内の状況によっては、「このままだと間に合わない」という事態も発生したりします。そうした時に、無線で「厳しい」とSOSを発信すると、近くで作業していた別チームが応援に駆けつけてくれたり、時には地上の整備士やグランドスタッフも機内に入ってきて手伝ってくれることもあります。
本当に日頃からのチームワークがあればこそ成せる仕事だとひしひしと感じます。
--- タイムプレッシャーのある仕事、ご苦労も多かったのでは?
本音を言いますと、まず入社3か月目で折れそうになりました(笑)。とにかく体力的にキツかったのです。私は学生時代にレスリングをやっていて、それなりに体力に自信があったのですが、それでも最初は大変でした。
長い時間飛行場に駐機する場合、必要最低限の電力しか使えない場合も多いので、真夏や真冬の作業は大変でした。それでも、変わらずおもてなしの室内に整えるわけですから。
指導的な立場になってからも、色々ありました。たとえば路線ごとに搭載する物品が違うのですが、私の指示がうまくメンバーに伝わらなくて、作業が押してしまい、お客様にご迷惑をかけてしまった時には、この先うまくやっていけるかと不安を感じました。
メンバーは年齢もキャリアも異なりますし、自分より年齢が上の方もいます。だからこそ、作業を滞りなく進めるためには、彼らとコミュニケーションがとれているか、指示がちゃんと伝わっているか、毎便とても気を配るようになりました。
--- さまざまな苦労を乗り超えられた原動力は、「先輩とお客様」
やはり先輩や仲間の存在が大きいですね。
入社したての頃、くじけそうになった時にも先輩方が仕事終わりに飲みに誘ってくれたり、色々な場所に遊びに連れ出してくれました。ほんとうに楽しかった(笑)。そこで話や悩みを聞いて貰ったことで、乗り越えられましたね。
今では自分が後輩を連れて行く立場になり、先輩方と同じように話を聞くようにしています。だから、普段からメンバーには、「何かあったら口に出そう、我慢しないで」と伝えていますね。
それと、「お客様あっての仕事」と心から思えるようになったことも大きいですね。
長く働いていると、惰性で作業を終わらせるだけになりがちです。私も「乗ってくださるお客様があって、自分達の仕事があるのだ」ということを少し忘れかけていた時期がありました。
でも、そんなある日、先輩にもの凄く叱られたんです。その時は反発もありましたが、「お客様あっての」という意識が薄れていたことが、仕事にも表れていたのでしょうね。日が経つにつれて、自分でもそれに気づき、先輩にも謝りました。
行き届いた配慮の積み重ねがあってはじめて、「お客様が次も私達の会社を選んでくださる」からこそ、自分達の仕事が成り立っている。これに気付かせて貰えて、本当によかったと思っています。今でも先輩には感謝しています。
あと、お客様から寄せられた声が社内サイトで閲覧できるのですが、自分達が担当した便でお褒めの言葉などをいただくと、とても嬉しく、励みになりますね。
--- シフト制勤務だからこそ、意識している家族との時間
入社したての頃はシフト勤務になれるまでに戸惑いもありました。今も基本的に土日休みではないので子ども達と過ごす時間も意識して作っています。
ちなみに、仕事の掃除テクニックを駆使して、家では私がお風呂とトイレ掃除を担当しています(笑)。
今日は遅番なので、朝早起きをして、少しの時間ですが息子達の顔を見て学校に送り出してきました。子どもは7歳と9歳の男の子二人です。
学校で空港に見学に来た時に、たまたま制服の私を見かけたらしく「カッコよかった!」と言われたんですよ。
そのほかにも時々、空港の展望台に一緒に遊びに来ることがあるんですが、「あのトラックに乗っているの?」とか「あの制服を着ているの?」と興味津々です。息子達に興味をもってもらえて嬉しいです。
--- 学生時代はレスリングを経験、今でもスポーツはされていますか?
会社のスポーツイベントなどに参加しています。
先日、会社のレクリエーションでソフトボール大会があり、ソフトボールは未経験でしたが交流のために参加してみました。結果は散々でしたが(笑)。
その他にもマラソン大会などもあります。所属関係なく気軽に参加しやすいうえ、他社の人とのつながりもできて、後日現場で顔を合わせた際に話せるようになるのも魅力的ですね。
--- 毎日実感し続ける、この仕事の醍醐味
この仕事の醍醐味は、何と言っても一つの飛行機をチームワークで飛ばすところですね。
チームの一員として自分たちの役割を果たし、飛行機が無事飛び立っていく瞬間は、格別の想いがあります。自然と「行ってらっしゃい」と手を振る気持ちが湧いてきます。
それと、奥が深くて21年やって来ても、日々気付きが多いところです。業務に必要な資格も取り尽くして、「極めたかな」と思ったこともありましたが、いまだに壁にぶち当たることもあって、「自分はまだまだだなぁ」と身にしみます(笑)。
そうした問題や課題を一つひとつ乗り越えながらこれまでやってきましたし、これからも続けていくだろうと思います。
--- もしお子さんが「お父さんと同じ仕事に就きたい」と言ったら?
「やめておけ!」とは言わないですね(笑)。
色々大変なこともあるという話はして、それでもやりたいというなら応援します。
通常では触れない飛行機にも直接触れることができますし、それを自分達が関わって飛ばすことができる、やりがいの大きい仕事ですから。
(文・写真:三本夕子)
フリーランスで企業の広告制作、広報などを手がける。中でも働く人の取材はライフワーク。13年間で取材をした人の数は1000人以上にも上るが、空港の裏方の仕事を取材するのはお初。貴重な機会に、取材前日はワクワクして眠れなかったほど。