株式会社JALグランドサービス
伊藤由希子さん
今回お話を伺ったのは、株式会社JALグランドサービス(以後、JGS)の伊藤由希子(いとう ゆきこ)さん。伊藤さんは現在、旅客サービス課で働いていらっしゃいますが、実は“空のお仕事”に関わる前は、全く違うお仕事だったそうです。
大学卒業後、美容系のお仕事を経験され、その後は英会話スクールで運営などのお仕事をされていました。実は、現在の旅客サービスのお仕事に就いたのは30代半ばだったとのこと。今のお気持ちを伺うと、「このお仕事には、空港でしか得られない魅力があるんです!」と嬉しそうにお話ししてくれました。
そんな伊藤さんに、これまでの働き方や、その時々の想いなどについて、詳しくお話を伺いました。空のお仕事への転職を考えている方、空のお仕事の魅力を知りたい方のヒントになるかもしれません。
--- 大学を卒業されてからは、美容系のお仕事をされていたそうですね。
はい。4年制の大学で経営を学んでいましたが、在学中から美容院でカットモデルをしていたこともあって、卒業後は美容室で受付のお仕事をしていました。そのうち、美容室に併設されたネイルサロンの方からハンドモデルを頼まれるようになって、今度はネイルに興味が湧いてしまって(笑)。資格を取ってネイリストとして働いていました。
--- 興味があると即行動! というタイプなのかもしれませんね。
そうかもしれません!自分がいいと感じたことや、何か魅力を感じると、素直に突き進んでいるかも…。
--- その後、再度転職され英語関係のお仕事に就いたそうですが、きっかけは何ですか?
ネイリストをしているとき、お客さまの中にロンドン在住の日本人の方がいらっしゃったんです。
詳しくお話を聞くと、その方は国際結婚をされており、本格的に英語を学んだのは30歳を過ぎてからだったそうです。
学生時代に学んでいなくても、年齢を重ねても、英語がペラペラになることってあるんだ!と感動しました。そこで海外への興味が一気に湧いちゃったんですね。さらに彼女に、「そろそろ日本に帰る予定だから、私が帰国する前によかったらロンドンへ遊びにおいで」と言われて、もうロンドンに行こうって決めました。
--- なにか「これだ!」と思うものがあったのでしょうか?
ちょうど美容関係のお仕事も、今後続けていくか悩んでいたので、思い切って退職して、半年間だけロンドンに語学留学をすることにしました。帰国後は、自分の留学体験を生かして、これから留学したい人や、英語を学びたい人をサポートする英会話スクールのカウンセラーというお仕事を選びました。
--- 美容とは180度違うお仕事ですね。
半年の留学ではペラペラにはなれなかったので、英語を教えるお仕事は難しいなと。そこで自分に何ができるかなと思った時に、自分の感動した体験なら活かせると考えたんです。カウンセラーになって、学生さんから大人の方まで、さまざまな年齢の方にアドバイスをしていたところ、「お話を聞いて、すごく励みになりました」など、嬉しい言葉をいただく機会が増えていきました。
--- 接客という点では、美容のお仕事に近いかもしれませんね。
もともとお客さまとお話しすることは好きでしたし、自分の経験が誰かのためになると思うと、すごく嬉しいです。ありがたいことに生徒数もどんどん増え、結果的に本社に呼ばれ「エリアマネージャー」として働くことになりました。いわゆるスクールの運営です。
2年ほど頑張りましたが、実はお仕事内容がガラッと変わってしまったんです。お客さまというより、店舗の売上や生徒数などの数字を見る業務がメインで、お客さまに何かを伝えたりすることは、ほぼなくなってしまいました。さらに、トラブル対応などで、休日や夜も連絡がくることがあるので気持ちが休まらず、朝起きて会社に行くのがつらくなってしまったんです。
生徒さんのことが大好きだったはずなのに、と。生徒さんの力になりたいと思って始めたお仕事なのに、今では「助けたい」という気持ちよりも「また電話がきた…」なんて思う自分が嫌でしたね。
--- そこで何かまたピンときたきっかけがあったのでしょうか?
まずはいったん休もうと思いました。有給がたくさんあったので、再びロンドンへ行こうと直感で。そして空港に行った時に、目に飛び込んできたのが、空港のスタッフさんたちだったんです。
それがもう、キラキラと本当に楽しそうで。ものすごく生き生きと働いていて、機内でのCAの方の対応も素晴らしかったし空港のロビーでも到着ロビーでも、地上係員の方々の対応も本当に素敵だなあって。空港の体験をした時点で、私は今の会社を辞めようっていう決心がキッパリつきました。
--- 帰国後、転職を決意されたわけですが、周囲の反応はどうでしたか?
両親はかなり心配し、反対されました。JALを受けるといっても、実は正社員ではなくアルバイトの枠だったんです。両親は「アルバイトだと保証もないし、今の会社の管理職を辞めるなんてもったいない」と。でも、私はやりたいと思ったら突き進む性格なので、なんとか両親を説得しました。
--- 空港での感動体験が、やはり強かったんですね。
はい。JGSの面接官の方からも、「今正社員でやられているのにバイトで大丈夫ですか?アルバイトから正社員になる前例はないんですよ」と心配されました。
私はそんなことよりJALで働くことに意味があると思っていたので、全く問題ないと伝えたのですが、色々な背景も含めて、結局アルバイトは落ちてしまったんです。
--- それは、かなり残念でしたね。
はい。でも実は同時進行で航空会社以外も受けていて、鉄道会社の正社員に受かっていたんです。内定をもらいながらも、やっぱりどうしてもJALで働くことを諦めきれなくて、実は再度履歴書を出したんです。そうしたら人事の方からご連絡がきて、「伊藤さん、一度うちを受けられていますよね」って。バレちゃったか…と思いましたが、私の熱意を買ってくださって、「もう一度面接来ていただけますか」と。
--- 2度目のアルバイト面接ですね。
はい。しかも面接官は、以前と同じ方だったんです。そして以前と同じように、正社員の道はないですよとハッキリと言われました。でもその時、なぜか「“絶対”はないな」という変な自信があって。結果、面接を通過し鉄道会社の正社員をお断りしました。念願であったJALにアルバイトとして入社しましたが、半年後にまさかの中途採用試験が実施されたんです。もちろん受けて、正社員になることができました。
とにかく、毎日が忙しかったですし、ゼロから覚えることもたくさんありました。でも、休みなんてほぼない状態の毎日から転職してきたので、忙しくても大丈夫でしたし、それよりも、やっと制服が着られる、お客さまの前に立てる、毎日飛行機が見られる!って、もう日々感動しかなかったです。
好きなことを仕事にするって、こんなに快感だったんだ!と思いましたね。毎日が潤うってこういうことか。キラキラ感って、これなんだって。
--- 今のお仕事についてお聞きします。伊藤さんの所属するJGSはグランドハンドリングの会社ですが、旅客サービス課というのはどんな業務なのでしょうか。
はい。JGSは乗客や貨物などの荷物を積み込む搭降載業務や、飛行機内外の清掃業務、滑走路で飛行機を誘導する業務など機側作業を担っている会社ですが、その中に、私たちが所属している旅客サービス課という、飛行機を利用いただく「お客さまサポート」をする部署があるんです。
--- 飛行機ではなく、お客さまへのサービスを担当される課なのですね。どのような業務ですか?
大きく分けて3つの業務があり、一つ目は、到着されたお客さまの手荷物を確実にお返しするためのサポート。二つ目は、お手荷物が破損していたときなどの、補償対応やご説明などの対応です。三つ目は、車いすをご利用される方の搭乗サポートですね。
--- 手荷物のサポートということは、到着ロビーにいるスタッフさんですね。
そうですね。飛行機が到着した後、ベルトコンベアーからスーツケースなどのお客さまが預けたお手荷物が出てくる場所です。
ここでは、お預けいただいたお手荷物返却の対応や、旅客アナウンスを行っています。クロスピックアップといって、“自分の預けた荷物ではない荷物を持って行ってしまう”トラブルもあるので、それを少しでも防ぐために私たちがサポートに入っています。
--- 確かにスーツケースは帰宅や宿泊先へ到着するまで開けないことが多いので、違う人のものを持って帰ったとしても気づかないかもしれないですね。
そうなんです。ご自宅やホテルに戻られるまで気づかないことは多いので、間違えて持って帰ってしまわれた方には早めにご連絡を取って、「本日中であれば、何時までお待ちいただけるのか」、また残されたお客さまには中身の確認を行い、本日中にどうしても必要なものが入っていないか、といったヒアリングを素早く実施し、調整します。スピード感を持った対応が求められるお仕事です。
--- 急いでいるお客さまが多いイメージですし、大変なお仕事ですね。
そうですね。お荷物が破損したのはどのタイミングかは正直わかりませんが、お客さまから見れば、すべて「空港のスタッフ」となりますので、しっかりとした対応をするよう心がけています。
特にお荷物を受け取る場所は、”旅の一番最後を決める場所”です。ここの印象が、旅を良くも悪くもするんですよね。お荷物の破損は到着ロビーでは防げませんが、クロスピックアップは私たちが防げる!と思って頑張っています。
--- 搭乗サポートとはどのような業務でしょうか?
お客さまの中には、さまざまな事情をお持ちの方がいますので、その方たちが安全で安心して搭乗いただくためのサポートです。
中でも車いすをご利用のお客さまは私たちが担当しています。実は入社したばかりの頃は、「車いすはご高齢の方が使うもの」というイメージを持っていました。でも実際は小さなお子様から、プロのアスリートの方までいらっしゃいます。「車いすのサポートというのは、押すだけ」ではないのだと学びました。
--- 車いすのサポート一つとっても、簡単ではないんですね。
そうですね。お客さまとのコミュニケーションやお声がけはとても大事だと思います。
現在、私は新人の指導役もしているのですが、彼女たちは空港のスロープにある小さな坂に差し掛かる時に、「このまま正面向きで進んでよろしいですか」と声をかけるんです。でも「正面向き」って言われても、なんのことかわからないんですよね。私は指導側で第三者として見ていたので、お客さまの「え?なんのこと?」という困惑顔に気づけたんです。
そこで、この先に坂があることは私たちしか知らないのに、車いすの向きについて聞かれても、お客さまにとっては何のことかと思いますよね。その時は、言い方を工夫するように伝えました。「この先、ゆるやかな坂道になりますが、車いすは正面を向いたままでよろしいですか。後ろ向きにしますか」という感じです。
実を言うと、指導役をする前まで、私も同じように「正面向きでいいですか」と言っていたんです。指導役になっても、まだまだ学ぶことは多いんですよね。
--- 通常のグランドハンドリング業務だけでなく、社内教育にも力をいれているとお聞きしました。
はい。入社時にJALグループ会社全社が参加する合同の入社教育があるんです。これが本当に魅力的で、JALグループは200社近くあるのですが、そのグループ会社がひとつに固まって、ひとつの飛行機を飛ばすんだという、”つながり”が強くて、その想いに私はすっかり魅せられてしまったんです。それからというもの「私はこの魅力を伝えるのが使命なんだ!」と、勝手に思っています(笑)。
--- その取り組みの一つとして、アナウンスのコンテストに出られたとか。
はい。新千歳空港と伊丹空港、それから羽田空港と福岡空港の4空港が参加したアナウンス技量の向上を目的としたコンテストが行われました。
開催が2022年でコロナ禍だったということもあり、オンライン参加のチームもいましたが、なんと最優秀賞に選んでいただきました。
(一緒にコンテストへ参加したメンバーと)
アナウンスと一言で言っても、到着便が重なると到着ロビーに300人くらいお客さまがいる中でのアナウンスとなることもあるので、声がかき消されてしまうこともあるんです。でも「かき消されてしまうアナウンス」とはどんなものかを、スタッフみんなで考え、実際に聞いて、調べて、工夫と改善を重ねていったんです。結果的に、速さと間(ま)、滑舌のバランスが重要だとわかりました。
私は特にアナウンスの資格を持っているわけでもないですし、トレーニングを受けたわけでもないのですが、工夫して練習し、実践することでコンテストに選出していただき、賞までいただけたことは大変嬉しかったです。
--- それ以外にもつながりを感じるエピソードはありますか?
つながりという意味では、JALグループ全体で行っている「サンキューカード」という制度は自慢したいですね。
たとえば、スタッフ間で「ありがとうと感じたときや、業務中のお礼をしたいとき」に送るカードなんです。メールやLINEではなく、直筆のメッセージをもらえる仕組みってすごく素敵じゃないですか。私が驚いたのは、このカードが社内だけじゃなく、グループ会社全体を通して届くことなんです。
--- JALのグループ会社の方であれば、誰にでも届くということですか?
そうなんです。例えばJGSのスタッフが車いす対応中にJALの受付カウンターを担当しているグループ会社の方にお礼を伝えたくても、業務中はお客さまもいらっしゃいますし、会社も違うので、オフィスに戻ってから話すこともできないことがあるんです。
そういうときに、「あの時ありがとうございました」というカードを会社の上司に渡すと、グループ会社間で届けてもらえるんです。
(実際に伊藤さんがもらったサンキューカード)
--- JALのグループ会社全体が、ひとつのチームですね。
とにかく、人とのつながりを本当に大切にしている会社なんだと思います。お客さまとのつながり、グループ会社のつながり、そして空港のスタッフ全体でのつながり。入社したときは、ここまですごい仕事場の一員になれたとは知りませんでした。
--- とはいえ、空のお仕事をしていて大変だなと感じることはありますか?
そうですね…。あえていうのであれば、働く時間が不規則な点くらいでしょうか。早番のときは朝5時からの勤務になりますが、私の場合は3時20分頃には自宅までタクシーが迎えにくるので、2時過ぎには起きて準備をする必要があります。タクシーは私だけではなく、その日に勤務するスタッフを何名かピックアップするので、一番遠いところに住んでいる私は、大変といえば大変なのかもしれないです。しかし最近では、働き方改革もあり前日に空港に近いホテルに泊まることができるようになりました。
--- 伊藤さんにとって大変というより、魅力的な面のほうが大きいのですね。
はい!例えば、事務のお仕事だと「今やってる業務が何に繋がるのか」が、多岐に渡るので、何のためにやっているのかイメージしにくいかもしれません。ところが、空港では「この飛行機一便を飛ばす!」というひとつの目標に全員が向かうんです。枝分かれした大勢の人たちがひとつに繋がり、飛行機を飛ばしているんだという感覚は、何よりこのお仕事の変え難い魅力のひとつです。私はこの中の一員として入って働けることに、本当に誇りを感じています。
--- では最後に、今後の夢を教えてください!
私は、このお仕事に憧れて入ってくれた方に、仕事内容や人間関係において「あれ?思ってたのと違う」という違和感を感じてほしくないと思っています。そのために、社員教育が必要であり、新入社員のみならずベテラン層も含め人材育成に力を入れていきたいと考えています。新人の方の違和感の要因となっているもののひとつには、新人とベテラン層の方との考え方のギャップもあります。その壁を、お互いが信頼したり、尊敬し合えるものに変えたいなと思っています。
私自身、好きで始めたお仕事が、続けるうちに「あれ?こういうことじゃなかった」と感じてきた経験があるからこそ、そうならない職場作りに力を入れたいんです。
これまでいくつかのお仕事をしてきて、どの経験も今につながっています。でも、これまでは友人とお仕事の話をするたびに「大変だ」とか「つらい」と言ってばかりだったんです。そんな自分のことが実はとても嫌だったんです。でも、今は楽しいとか、好きといったワードしか出てこない(笑)。
もし空のお仕事に少しでも興味がある方がいれば、年齢なんか気にせずに挑戦して欲しいと思います。 新入社員も中途の方も、すでに活躍しているベテラン層も、お互いに尊敬しあえる環境でお待ちしています。
(2024年9月取材)
(文:里見有美、写真:大久保惠造)
千葉県在住。ライター・編集者・デザイナー。インタビューやライフスタイル系記事の取材・執筆を中心に行う。2024年よりデザイナーとしても活動。
1986年 東京写真専門学校卒業。1987年Studio GITANES 小島由起夫氏に師事し、1997年 第26回 APA展 入選。2005年 Studio MERCADO 設立。会社案内、学校案内、企業PR、パンフレット、カタログ、広告、Webの撮影など幅広く行う。