株式会社Kグランドサービス 前田 裕貴さん
ANA関西空港株式会社 桝田 麻央さん
(写真左から桝田 麻央さん、前田 裕貴さん)
世界初の人工島による空港である関西国際空港(以下、関空)は、旅客・航空貨物の両方で24時間運用可能な日本初の国際拠点空港でもあります。日本の西のゲートウェイに位置づけられ、航空機の発着回数は、最も多い2019年に約20万回にものぼりました。旅客数も年間で3000万人近くあり、全てのお客様が安心安全に空港を利用できるよう、たくさんのスタッフが様々な仕事を担当しています。
今回インタビューをした前田 裕貴さんと麻央さん(旧姓:桝田)ご夫婦は、裕貴さんは株式会社Kグランドサービス(以下、KGS)でグランドハンドリング、麻央さんはANA関西空港株式会社(以下、KIXAP)でグランドスタッフという、異なる会社の異なる職種ではありますが、共に14年以上のキャリアを重ねるベテランスタッフとして、関空の運用を支えています。裕貴さんは現在グランドハンドリングの業務から離れて別の会社に出向中ですが、航空業界で3人のお子さんを育てながら仕事を続けるお2人に、仕事内容や生活の変化にどう対応されてこられたのかなど、いろいろとお話を伺いました。
--- お2人は同じ関西空港で働かれていますが、会社も業務内容も違うそうですね。
KGS 前田:私はJALグループや外国航空会社のハンドリング業務を行っているKグランドサービスという会社に勤務しており、空港の駐機スポットでグランドハンドリング業務を担当しています。
仕事は飛行機に載せる貨物の重量や搭載位置をコントロールするロードマスターがメインですが、駐機スポットに飛行機を誘導するマーシャリング、お客様が降機・搭乗の際に使用するパッセンジャーボーディングブリッジの装着など様々な業務があり、担当する便の作業責任者より各作業の担当を決定します。その日に担当する便はある程度決められており、1日に4便ぐらい担当しますが、その場の状況に応じて1日に複数の仕事を担当しています。
KIXAP 桝田:私は関空でANAグループ便のお客様対応をするANA関西空港という会社に勤務しており、主に旅客業務・ランプ業務(グランドハンドリング業務)を担当する部署にて主に旅客業務の責任者を務めています。
責任者の主な業務は各便の管理業務で、搭乗手続きを締め切った後の締め作業やトラブルが発生した際の対応をします。入社して14年目ですが、当初はANAの担当だったのが2012年に第2ターミナルがオープンしてからはPeachの担当になりました。Peachはとにかく便数が多くて、午前中だけで十数便あり、カウンターはいつも多くのお客様がいらっしゃっています。新型コロナウイルスの流行が始まった頃はお客様が激減しましたが、2022年に入ってからは、お客様の数も増え、今年のGWは入社してから最もお客様の数が多かったです。
--- 空港の仕事を選ばれたきっかけは何でしたか?
KGS 前田:実家は岸和田市で関空が近く、子どもの頃は展望ホールに夜景を見に連れてきてもらっていました。その頃は飛行機にあまり興味はなかったのですが、高校で進路に悩んでいた時に大阪航空専門学校のパンフレットを見て、空港には色々な仕事があることを初めて知り、面白そうだなという軽い気持ちで進路を選びました。関空の近くにあり、実際の機材を使ってグランドハンドリングの実習ができる学校であり、2年間の授業のうち2年目からは関空での研修が中心で、卒業後にKグランドサービスに就職しました。
KIXAP 桝田:私も実家が関空に近い和泉市にあり、海外に帰省する祖母の見送り等でよく利用していたので、空港で働く人たちの姿を見る機会が多く、「かっこいいなぁ」と思ったのが、この仕事を選んだきっかけです。家に近いという理由で、夫と同じ専門学校に進学しようとしたところ、親には「すぐに辞めるだろうから大学に進学した方がいい」と反対されましたが、どうしても空港で働きたいと押し切りました。今では親も「この仕事についてよかったね」と言ってくれて、いろいろ応援してくれています。
--- ということは、お2人が出会われたのは専門学校時代ですか?
KGS 前田:いえ、在学期間は重なっておらず、同じ専門学校から就職してきた会社の後輩に同級生だった妻を紹介されたのが出会いでした。その時、妻はすでに今の会社で働いてましたが、お互いの仕事の内容や勤務体系がある程度は理解できるというのもあり、お付き合いすることになりました。同じ理由で職場結婚するケースがあるというのはたまに聞きますが、違う会社で結婚したケースはめずらしいかもしれません(笑)。
KIXAP 桝田:同じ関空で働いてますが、お互い勤務時間が不規則なシフト勤務なので、終業時間が近い時は連絡しあって一緒に帰るぐらいしかできず、仕事中に空港内で会ったこともこれまでたった1回しかありません。休暇を合わせるのも難しいですし、プライベートで利用する航空会社も違うので、付き合っている頃に行った旅行では、旅行先に現地集合して、別々に帰ってそのままシフトに入ることもありました。
--- お互いに24時間空港で責任者として働かれているので、勤務時間を調整するのは大変そうですね。
KGS 前田:私の勤務時間は基本4勤2休で、朝早い時は5時から、夜遅いと17時からと不規則なうえに、シフト勤務の開始時間は毎日30分単位で変わります。妻も同じようにシフトが不規則で朝早くから深夜まで働くことがありますが、子どもが生まれるまではお互い問題なく勤務していましたし、何とかなるだろうと思ってました。ただ、そこは今考えると甘かったですね。
今は上から7歳、5歳、1歳と3人の子どもがいますが、1人目が生まれた時は妻だけが育児休暇を取って、保育園に入ってからの送り迎えはお互い時間が合わせられる方が対応して、早番が重なった時はどちらかの親に子どもを預かってもらうなどして、かなり助けてもらいました。2人目が生まれた時は私も1か月の育児休暇を取って、保育園に入ってからは1人目の時と同じように親に助けてもらいながら何とか乗り切りました。たまたま両方の親が近所に住んでいて、勤務事情も理解してもらえたので協力してもらえたというのがあり、本当に感謝しています。
(インタビューにはお子さん3人も同席)
KIXAP 桝田:タイミングという意味では、1人目が小学校に入学した時は学校が終わってからひとりで留守番させるのが不安でしたが、たまたま私が3人目の育児休暇に入って家にいることができたので安心できました。夫も2人目の時と同じように3人目のときも育児休暇を利用しましたが、そろそろ2人とも職場に復帰するという時は、さすがにお互いの親も3人の子どもの面倒を見るのは難しいので、どうしようかとかなり悩んでました。
しかし、この時もたまたまコロナ禍により夫が工場に出向し、勤務が土日休みになったことで、何とかお互いの勤務時間を調整して対応できました。私の会社は育児休暇とは別に、小学校を卒業するまで時短勤務を利用できる制度があり、土日は出勤するという条件で勤務時間を6時間に短縮してもらいました。出勤時間は早番と遅番が週ごとに変わるのですが、そのスケジュールが夫の出勤時間と真逆になるよう、人事の方にいろいろと相談しながら調整してもらいました。
--- 勤務時間の調整やリクエストは受け入れてもらいやすい職場なのでしょうか?
KIXAP 桝田:私の会社は育児休暇も時短勤務も制度は以前からありましたが、短時間勤務を実際に利用したのは今の部署では私が初めてで、3人目が生まれた時に勤務を続けるためにはどうしても必要だとリクエストしました。今後、夫の勤務状況も変わるかもしれないのですが、もし環境が変わったら会社側も一緒に対応を考えていきたいと言ってくださっていて、そこはとてもありがたいですね。
KGS 前田:私も自分が利用する立場になって初めて知ったのですが、KGSでは国の次世代育成支援対策推進法を受けて子育て支援には以前からかなり力を入れていて、いろんな制度も用意されています。男性の育児休暇も2009年と早くから導入され、2019年度の取得率は約40%にのぼりますし、子どもが生まれるとなると、「育休いつ取るの?」と周囲から聞いてくれるぐらい申請しやすい環境になっています。他にも、国が決めている小学校3年生の年度末まで6時間の短時間勤務ができる制度や、勤務配慮という形でシフトの相談もできます。
ですが、現実的には、空港がコロナ禍前の本格的な24時間運用に戻ると人手が必要になり、勤務の相談もしにくくなるかもしれません。短時間勤務についても深夜業が免除されるのは22時までですし、私たちのように小さな子どもを育てながら、共働きでシフト勤務を続けるには今ある制度の利用だけでなく、勤務の配慮も不可欠だといえます。家族の事情もいろいろありますが、まだまだ前例が少ないので、その点については会社側も現場の声を聞きながら柔軟に対応してもらっていると思います。
--- 空港のお仕事でしか体験できないような、驚きのできごとや印象的だったエピソードはありますか?
KGS 前田:飛行機には手荷物だけでなく、象やパンダが運ばれてくることもあって、象を運んだ時は夜だったのですが、視線を感じるなと思って貨物を見たら、暗闇で象の目が光っていたのが忘れられないですね。プライベートジェットもたまに担当しますが、誰が乗っているかは教えてもらえないので、降りてきたら誰もが知るハリウッドスターだったということもあります。
--- どんなところにお仕事のやりがいを感じますか?
KGS 前田:私は16年間、同じ部署で働いていましたが、仕事内容が日々変わるところが飽きないですし、そこが今まで仕事を続けられてきた理由でもあります。経験者でなくても1から学べる環境があり、やる気があればそれだけ早く一人前になれます。例えば、現場で運転する専用車両は様々な種類があり、航空機のドアを触るにも資格が必要で、いろいろ資格を取る必要がありますが、いつまでにどの資格を取るかは自分次第なんです。
特にロードマスターの仕事は、飛行機の種類によってどれだけ荷物を乗せられるか重量バランスを理解し、搭載業務全体を監督しなければならないので責任重大です。10年ぐらいかけて経験を積みながら資格を取得しますが、やりがいがあるという理由で若いうちに資格を取る人が増えています。私もせっかく空港で働くならいろいろな仕事を経験したいと思っているので、プッシュバック(特殊車両で飛行機を後方へ押すこと)以外の資格はほぼ取得しています。仕事は屋外なので夏場は暑くて冬場は寒く、雨に降られたり台風の時もあったりと、時間も不規則で体力も必要で、現在の出向先の工場とはまた違う大変さがあるかも知れませんが、空港業務に戻ることは楽しみです。
KIXAP 桝田:グランドスタッフも現場を走り回るので体力仕事ですし、子育てしながら続けるのは大変だと感じることはあります。それでもお客様に接するのはとても楽しいですし、喜んでいただけることも多くてやりがいはあります。
私の会社は、入社してから半年の間に旅客業務とランプ業務の両方を経験して、その後多くの人は専門性を高めるためにいずれかの業務を選択します。今後は組織体制がかわり、旅客業務・ランプ業務どちらかを担当する部署となり、私自身は旅客業務の責任者として後輩を指導する仕事がこれから増えていくと思っています。
--- お2人と同じように空港で働きながら子育てもしたいという方たちに、アドバイスをお願いします。
KGS 前田:私も今は育児休暇を取る達人みたいに話してますが、子どもが生まれるまでは育児休暇という言葉も知らなかったですし、自分が取るという考えも頭にありませんでした。男性でも育児休暇が取りやすい環境なので、取得することに悩みはありませんでしたが、育児でどんな制度を利用できるか男性も知っておくのは大事だと思いました。また、周囲はもちろん、お互いの協力なしには仕事も育児も続けられないので、よく話し合ってお互いのスケジュール調整や有休がどれだけ取れるかといった報告は早めにするのは大事ですね。
KIXAP 桝田:家族の協力は本当に不可欠で、今は夫も家事をしますし、土日は子どもの面倒も見ます。たぶん結婚したばかりの時は、全部女性の仕事だと思われてましたね。夫に「手伝うよ」と言われて「“手伝う”ってどういうこと?」って、5年ぐらいは喧嘩してましたが、そこは家族のためにもしっかり指導させていただきました(笑)。
KGS 前田:結婚して育児をするようになってから、家事って恐ろしいぐらいいっぱいあるのがよくわかりました。子どももこれからどんどん大きくなっていきますし、今の出向先は基本的に土日が休みなのでシフト調整は依頼していませんが、関空に戻り、以前と同じようなシフト勤務になった場合にどう仕事を続けるのか、あらためて考えなければいけないと思っています。
いろんなライフステージにあわせながら空港業務を続けたいという方たちに向けては、必要があれば私たちが体験してきたことを共有できるといいかもしれませんね。
(2022年5月取材)
(文:野々下裕子、写真:大久保惠造)
神戸市在住。フリーランスのライターとしてデジタル業界を中心に国内外の展示会イベント取材やインタビュー記事の執筆を手がける。注目分野はデジタルヘルス、ウェアラブル、モビリティ、スマートシティ、ロボティクス、AIなど。
1986年 東京写真専門学校卒業。1987年Studio GITANES 小島由起夫氏に師事し、1997年 第26回 APA展 入選。2005年 Studio MERCADO 設立。会社案内、学校案内、企業PR、パンフレット、カタログ、広告、Webの撮影など幅広く行う。