株式会社ANAケータリングサービス
山下 美優さん
全日本空輸(ANA)グループで機内食の製造や機内サービス用品の搭載を担う株式会社ANAケータリングサービス(ANAC)。そのANAC成田工場(千葉県成田市)で調理生産部ディッシュアップ課の山下美優(やました みゆ)さんに機内食のあれこれを伺いました。
山下さんは2019年に入社し、2024年で6年目。調理場で実際に手を動かしながら、盛り付けに関わる人たちを率いています。政府専用機の業務も兼務しているので、あまり漏れ伝わってこない苦労話を聞くことができました。
--- まずは航空業界を志したきっかけを教えてください。
実家が兵庫県で伊丹空港(大阪国際空港)のそばにあり、父が単身赴任で飛行機をよく利用して、週に1回は父の送り迎えで空港へ行っていたので「飛行機」を身近に感じていました。高校が総合学科の単位制だったこともあり、1年の夏に進路に直結する単位の取得を考えた時に、「航空業界に入りたい!」と思ったのがきっかけです。そこからどういう角度・業務から航空業界に携わろうかと資料を集めながら考え、進路を決めました。
もともとはANAの客室乗務員(CA)職を目指してエアラインの専門学校に入りました。学校の企業説明会で初めてANACを知り、ご縁があって学生時代にインターンをすることになり、面白そうな会社だと惹かれて1年半のインターンの後に社員になりました。正式入社する半年前に早期入社していたので、インターンとあわせると2年間働いていましたね。大きい声では言えませんが、就活でANAのCA職しか受けないと考えていましたが、ANACの方から、「うちは受けないの?」と声を掛けていただいたことをきっかけに企業研究をはじめました。
--- ANACのどこが面白そうだったのですか?
当時は東京五輪の前で羽田空港がちょうど国際線を拡大するタイミングで、ANACは空港のラウンジや政府専用機など機内食以外に参入したり、自社ブランドの外部販売にも力を入れ始めたりしていました。“機内食を作る会社”としか知らなかったので、ほかの分野でも活躍できそうで面白そうだな、と感じました。
--- 仕事の好きなところや面白さはどんなところですか?
ファーストクラスやビジネスクラスの機内食をさっとCAさんが提供できる状態に仕上げられるのが魅力です。お客様に見える形で届くものを自分たちの手で作り上げることにやりがいを感じます。
通常のレストランでは調理から盛り付けまでシェフの仕事だと思います。でも、ANACでは修業を積んだシェフではない私たちがその役割を担っています。盛り付けセンスや技術的に難しい部分もたくさんありますが、毎日業務を重ね、長く勤めているパートの皆さんと協力しながら技術を磨いています。
現場での盛り付けのほとんどはパートの皆さんと業務委託、海外からの技能実習生で行っています。技能実習生は2年ほど前からで今は17人で、今年の夏には3期生が来ます。その業務を社員が管理・監督しています。
--- 新しいメニューの盛り付けを練習する機会ってあるのですか?
実はないんです。シェフが試作したものをメニューが替わる1週間前ぐらいに確認します。その盛り付けをする当日にメニュー開発部門の統括シェフたちが来られて「こう盛り付けてね」と1回だけ指導が入ります。その時に渡される資料を見ながら盛り付けるので、そこにポイントを記入したり、写真に撮って残したりしながら、同じものを同じ品質で毎日提供するためにその1回の指導で覚えるように努めています。
--- 盛り付けセンスのあるなしを感じることは多いですか?
盛り付けの見栄えが悪いときはたまにあって、適宜指導していますね。私たちにはたくさんの機内食の内の一つでも、お客様にはその1食しか届かないので。
1番難しいと感じるのは和食で、お造りの魚の向きですね。技能実習生だけでなく協力会社の方も海外の方が多いので、お刺身をお皿に斜めに置いて立てるのですが、日本人の普段見慣れている感性的なものや感覚的な部分もあったりするので、数度の傾きの違いを指導するのがすごく難しいです。
--- 日本食以外では難しいのはどんなことですか?
機内に運ばれるまでに料理が崩れないようにすることですね。盛り付けた高さや温めた時にソースがこぼれないという点もとても大事です。お肉を切るときに形をそろえても、厚さや高さが違ったり、同じグラム数でも小さければ厚みを出して切ったりと個体差があるので、人の目でそこを調整しています。
また、機内へ搭載して実際にCAさんが準備する際に「ソースがかかってしまった」というような話があると、開発の方に変更を依頼します。お客様の“美味しい機内食体験”を守るために、毎日同じ品質で提供、改善を続ける現場なんです。
--- 機内は気圧も湿度も違うので、例えばちょっと塩分が強めだったりしますか?
機内で味覚は甘(あま)みと塩(えん)みの感覚が弱くなります。出汁(だし)だけだと柔らかいので「はっきりした味」に設計します。濃くしているだけと感じるかもしれませんが、実は「はっきりした味」が正解で、そうなるよう意識して作っています。
--- 心がけていることはどんなことでしょうか?
パートの皆さんも社員も、みんなが気持ちよく作業できるようにすることです。暗い気持ちで作業をしていると機内食の質や見た目が不思議と良くならず、他にも盛り付けに気持ちがすごく出ると思っていますね。
イレギュラー運航があった時はお客様にどう届くか、CAさんが対応しやすくお客様にきちんと満足していただけるかを特に意識して作業しています。
--- 気持ちよく作業できないと機内食に影響があるんですか?
そうですね。スピードも大事で、気持ちが落ちているとスピードが思うように上がらないし、気が散ると作業手順の逸脱も起こりやすかったりします。
作業のしやすさという点では、各持ち場の仕事の流れを途切れさせないよう意識しています。次に何を準備していたら料理を盛りやすいとかを考えますね。何か取りに行く時は何か持って行き、行きと帰りに手ぶらで歩くことはないようにしています。
チームを社員一人で見る時間が長いので、パートの皆さんや技能実習生をどれだけ長い時間見てあげられるか。皆さんが何をしたいのかを行動から読み取って、そのために自分は何をしようかと。そういう気遣いが作業のしやすさにつながると心がけています。
--- 1人で現場を見る時間が長いとのことですが、どのようなローテーションなのでしょうか?
早番は7時から16時、遅番が14時から23時です。14時から16時の時間帯だけは、一つのチームを社員が2人で見ています。
--- 経験を積んで大事だと気づいたことはありますか?
やっぱりパートの皆さんの大切さをいつもすごく感じています。スピードや繊細さ必要な機内食の盛り付けはパートの皆さんがいないと成り立たない業務ですし、こちらからお願いすることがほとんど。どれだけ相手をリスペクトしてお願いできるのかというのを日々考えながら仕事をしています。
「それはパートの皆さんがやってくれるからいいでしょ」と考えてしまう人が多いかもしれません。かく言う私もインターン前はそう思っていました。でも、インターンで機内食づくりの大変さも経験していたので、「働いてくれているパートの皆さんはすごいんだ!」と心から思って、ディッシュアップ課に来ました。でも、その作業の大切さを知らなかったら、今でもパートの皆さんがやってくれると思ってしまっていたでしょうね。
インターンのときは、同じ作業をしていてもスピード感が全然違います。カトラリーを準備するカートの台数などでも作業差が一目瞭然で、職人的だなと思っていました。
--- リスペクトしている気持ちはどうやって伝えていますか?
誰よりも感謝の言葉を多く伝えることを意識しています。そして、パートの皆さんをよく見て、次に何がしたいかを感じ取ってあげるというのも、居心地のよさにつながると思っています。
--- これまでで強く印象に残った出来事は?
入社した2019年は成田空港が「陸の孤島」と言われた台風15号が来た年で、ANAは2日間欠航することになりました。お客様の移動が台風の前と後ろに分散して生産数がすごく増えたのと、急なオーダーがたくさん入って現場が回らなくなる寸前の状況になりました。
シフトの関係で、現場は独り立ちしたばかりの同期と、ディッシュアップ課に異動してまだ2カ月の私の2人で回すことに。現場に1年目の社員が2人だけで、「パートさんと自分達だけでどうしたらいい!?」という不安な気持ちでした。もちろん隣のセクションには先輩がいましたが、先輩もそのセクションを回すのに必死で、こちらも相談に行く暇もないくらいでした。
新人2人でどうするかをよく相談して、通常より細かくチームを決めて仕事を割り振り、ひとつずつ片付けていくことにしました。飛行機の出発は何時と決まっているので、早い時間帯のものから片付けていけば、搭載までに機内食を引き渡せるんじゃないかと。前の日の2日間と、台風が明けた後の3、4日はほぼ満席で、繁忙期以上に忙しかったですね。「もう間に合わないかもしれない…」と当時は正直思いましたが、なんとか乗り切れました…。
--- それは大変でしたね…。ところで、普段の職場はどうですか?
毎日、何かしら家に帰って話したくなることがあります。パートの皆さんと仲良くて、5年もいたらもう友達みたいだし、自分のおばあちゃんみたいですね(笑)。冗談が飛び交わない日はなく、ずっと笑っています。母と娘が口喧嘩しているような楽しい部署です。
ディッシュアップの他に、今は政府専用機のケータリグ業務も担当しています。機内食の盛り付けから、カートにセットして機内に搭載、使用したお皿の洗浄までの全てを行っています。海外で機内食を仕入れるため、毎回その地に足を運んでいます。ANAの定期便が就航していない空港(オフライン)では去年、南アフリカのモザンビークに行きました。
現地ではケータラーの設備が整っていなかったり、国際線を頻繁に飛ばしている空港ではないので人の動きが違ったり、ノウハウがないので教えなければいけないことが多かったですね。モザンビークから次の訪問地のシンガポールへ運航するための機内食を搭載しました。
--- 日本政府専用機の運航支援は2019年にJALからANAに移りました。山下さんがこれまでに経験した運航の中で、特にモザンビークでの調達がやはり大変だったのですか?
はい、3人のチームで機内に搭載するすべてのハンドリングに関わりました。これまでの2年間で一番大変でした。
--- 現地でのコミュニケーションも大変では?
私もあまり英語の能力が高いわけではありませんし、英語が通じない国に行くことも多いので身振り手振りです。もう準備が全てですね。
やる業務の内容やメニューを頭に入れる。確認できる資料は手元にそろえる。現地の方が作業していたら必ずよく見て、信頼している部分はお任せする。チームの1人1人が責任を持ってやることが品質につながっています。
--- 2023年5月に新型コロナウイルスは5類になり、厳しい規制は緩和されました。それまでのコロナ禍でいろいろあったと思います。
飛行機が飛ばなかった時は、機内サービス品が施設内に溢れました。1日の食数が何千食から何百食まで減って、パートの皆さんには1年間お休みしてもらい、ANAC社員だけで数少ないお客様に向けて機内食の準備をしていました。
その後、海外の方がコロナ規制の緩和が早くてお客様が急速に増えました。そうなると社員だけでは追いつかなくなって、協力会社の方にお願いするもののイタチごっこのようでした。パートの皆さんに来ていただいても最初は追いつかなかったんです。どんどん増える生産食数に私たちの技術やパートの皆さんのスキルが追いつかなくて毎日大変でした。
--- 5類になって1年ですが、今は落ち着いていますか?
はい。残念だったのはコロナ中に熟練のパートの方が定年退職されたことですね。いまは技能実習生も入って、若い力・新しい風で日々業務をしています。
--- 入社後すぐの100年に1度のパンデミックで、「仕事がありません」は面食らったのでは?
新型コロナが流行したのが、入社してようやく1年間の流れを理解したところでした。3カ月に1回メニューが替わり、四季折々に何かある。ゴールデンウィークやお盆の多客期を一通り経験して「よし、来年頑張るぞ!」という時でもあったので。不安の中で会社としてもあまり経験のない機内食の外部販売が始まりました。色々ありましたが、徐々に「会社も頑張ってるから私たちも頑張ろう!」という気持ちに。
--- 当時は機内食のネット販売が話題になりましたが、社内の皆さんの反応はどうでしたか?
そうですね、売り上げも好調でしたし、色々な方に機内食を知ってもらえて、さらに「おいしかった」という声がSNSやニュースなどでも届いてきました。普段はなかなかお客様の声を聞くようなことも少ないので喜んでる姿を見られたのはすごく嬉しかったです。
--- 今後、チャレンジしたい仕事はありますか?
機内食を選定したり、海外から来る機内食を調整したりする「客室サービス部」の業務をやってみたいです。「外地発の機内食はあまり美味しくないよね」と聞くことが多く、「日本発は美味しいのに」と言われるのがすごくもったいないと思っていて、そのクオリティを上げられたらいいなと思っています。食材調達や調理技術の面で、外地から搭載される機内食の味品質に課題がある路線もあると聞いたことがあるので、より日本発機内食の味に近づけられるような調整ができれば良いなと思っています。
ANACはとても部署が多く54部署ほどあり、空港ラウンジや、ANAの訓練施設「ABB」の食堂、東京・日比谷の日本外国特派員協会(FCCJ)のレストランとバーのケータリングなどもあります。最近では「ANAファインデリッシュ」のブランドでお菓子のグミ「青組(あおグミ)」や機内食を外部販売している部署もあります。簡単に挙げただけでも色々な部署があって、いろんな経験ができるので、そういう業務にも携わって、経験を積んでいけたらいいですね。
(2024年4月取材)
(文:小島昇、写真:大橋政昭)
フリーランス記者・編集者。東洋経済新報社「会社四季報」センター記者として上場企業を取材。インプレス「Web担当者Forum」でサイト担当者向けニュースを、アスキー「ASCII STARTUP」でスタートアップ界隈の話題を執筆。毎日新聞社の経済部記者として電機メーカーや通信業界、東京証券取引所、総務・経産・国交省など取材。ニュースサイトの編集・編成業務10年を経て2019年9月退社し独立。
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1964年生まれ。千葉県習志野市在住副業カメラマンからスタートして、2019年に独立。スクールフォト、キッズ・ファミリーフォトを多く手掛ける子供好きカメラマン。その他各種スポーツイベント、プロフィール、ビジネスサイト向け等、幅広く活動中。
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